第55章 レッド・バーの意味
城塞のなかへ、オーラ・バトラー昇降口のなかへと入っていった、ガラリアの赤いドラムロは、猪突猛進に、底にとどくまで落下した。ずしん。おや、この場所は。地面よりも、ずっと深いぞ。見わたすと、ドラムロが、ゆうゆうと飛び抜けられる広さのトンネルが、左右に分かれて、通じている。そう遠くない場所から、ユリアとトッドのドラムロも、着地したらしい、ずしんという、物音が聞こえた。
ガラリアは視力がいいだけではなく、目利きだった。地下トンネルは暗く、ところどころに、油ランプや、ろうそくの燭台(しょくだい)といった、旧式な照明が点灯しており、それらを手にした、ミの国の兵士が、見え隠れしている。ドラムロが侵入してきたことを、どこかに伝令していることは、まちがいない。ガラリアは、威嚇で、兵士にドラムロの機関砲を向けた。発砲はできない。トンネルが崩落したら、自分も危ないからだ。ハッチを開き、大声で怒鳴った。
「私は、ドレイク軍副団長、ガラリア・ニャムヒーである!ピネガン・ハンム王は、いずこか。いざ尋常に、勝負!」
そこここにいた、ミの国の兵士たちは、どこかへと隠れてしまっていた。また抜け道か?この暗い坑道のなかに、さらに!暗闇の彼方から、トッド・ギネスの青いドラムロが、ガラリアの近くまで、ひゅうひゅうと、飛んできた。
「おかしいぞ、ガラリア。ここは、レッド・バーの砦で、唯一の、オーラ・バトラーの通用口だろ?なのに、昨日まで我が軍を攻めてきていた、あのダーナ・オシーが、見当たらないぜ。俺が通ってきた道には、セザルのドラムロも、見なかった。」
あらためて周囲を見ると、無数のミの国の兵士たちが、わらわらと、トンネルのあちこちに、顔を出しては、顔を消す。階段が、あっちの壁にも、こっちの壁にも、たくさんあるらしく、上から下りてきて、坑道にいる、ガラリアとトッド・ギネスのドラムロを見やっては、あさっての方向をむき、暗闇に姿を消す。
「あの戦士たちは、さっき私たちのドラムロに、矢を降らせた部隊だ。内部に侵入した私たち敵兵を目前にしながら、攻撃せず、相手にもせずに、いったい、どこへむかっているのだ?」
青いドラムロのハッチを開いたトッド・ギネスは、手にしていた回転式拳銃に装填し、威嚇射撃で3発、撃ったが、坑道の壁面をはうように走る敵兵は、いまや、ふりむきもせず、潮がひくように、トンネルから、砦から、撤退しているのが、わかった。トッドは、ひじょうに悪い予感がしてきた。
「ガラリア、この砦は、湖に面しているよな?ってことは、ここは、地下トンネルだ。敵兵は、砦を捨てて、上から下へ、下へと、避難しているように見える…。この下に…、トンネルがもうひとつ、いやもっと大きな部隊が、隠されてるんじゃないか…?」
そうとしか、考えられなかった。ガラリアの顔から、血の気がひいた。この不気味な静けさは、何の予兆なのだ。
「では、セザルのドラムロは、この下に行ったのだろうか。どこかに、オーラ・バトラーが通れる道があるはずだ。そうだ、ユリアはどうした?ユリア・オストーク、応答せよ!」
無線機に呼びかけたが、さっきまですぐ返事をしていた、黄色い声の応答が、なくなっている。さっき、トッドの青いドラムロだけではなく、ユリアの赤いドラムロも、地下トンネルに到達した音が、ちゃんと聞こえたのに。
「トッド、大至急だ。ユリアの着地点に向かうぞ!」
2機のドラムロ、赤青は、機体を飛翔させ、トンネルを北へと向かった。はたして、2機は、トンネルを1周して、同じところへ、もどってしまった。まるっきり、このトンネルは、からっぽだ!トッド・ギネスの悪い予感は、ますます増した。大切な友人が、2人、見えなくなってしまい、喪失感をつのらせ、必死になりすぎているガラリアに、トッドが警告した。
「セザルとユリアは、どこかから、抜け穴を見つけて、ほかのトンネルに入っていったんだ。ここにいては危険だ!ガラリア、いったん外へ出よう!」
無線機のスピーカーから、彼女の気色ばんだ怒声が答えた。
「部下2人を見失って、自分だけ逃げるなど、できぬ相談!トッドは行け。行って、ブル・ベガーに報告を頼む。」
トッドにも、それは従えない命令だった。きつく、彼は、彼女をいさめた。
「このトンネルはおそらく、爆破されるか、水没するか、いずれ崩落する!敵は、俺たちをこのトンネルにおびき寄せて、退却してるんだぞ。わからないのか?セザルとユリアなら、かしこい子たちだ。今ごろ、敵を追尾してるさ。ここは、逃げるんだ、ガラリア!」
だが、ガラリアの赤いドラムロは、再度、ユリア機を見失った箇所にとんで行こうとしている。トッドは青いドラムロで立ちふさがり、赤いドラムロの腕をつかみ、力ずくでとめた。だが、女戦士の声は、まったくひるんでいなかった。
「トッド、はなせっ。ユリアをさがす!セザルをさがす!私は、逃げない!ぜったいに逃げない!」
2人の頭上で、爆発音が散発し、石が、石が、崩れ落ちてくる、ズズズ、という不気味な音がした。トッドは、ガラリアを抱きしめた。つまりそれは、ドラムロ同士が抱き合った。
「ガラリア、いっしょに出よう。あれは、敵がしかけた時限爆弾だぜ。このトンネルは、つぶされる!危険な場所にとどまることは、勇気じゃない!おまえは守備隊長だろう?そうだ、俺といっしょに、ユリアとセザルを助けに行くんだ。さあ!」
青いドラムロは、赤いドラムロを抱きかかえ、いちばん近い、西の出口に向かった。崩落は激しく、脱出は、寸刻を争う事態であった。
間一髪。2機のドラムロは、レッド・バーの砦、西のオーラ・バトラー昇降口から、空へ飛び出ることに成功した。と、同時に、「レッド・バーの砦」と、ドレイク軍のみなが呼んでいた小ぶりな城は、にぶい音をたてて、瓦解した。
青空に浮かぶ、赤と青のドラムロ。足もとには、すっかり崩れはて、石の山と化した、レッド・バーの砦。澄んだ空気を吸ってすぐ、ガラリアとトッドが見たものは、
湖面すれすれに飛んでいる、味方の船、ブル・ベガーと、
そして、湖の底から、波音たかく浮かび上がってきた、ミの国のオーラ・シップ、ナムワンの姿だった。2人は、目を疑った。巨大なオーラ・シップが、水の中からあらわれるとは…!淡水湖の水にぬれて、轟音をとどろかせて向かってきた、敵機ナムワンの、勇壮なこと!そこへ、ブル・ベガー艦長、ミズル・ズロムからの無線が、ひびいた。
「ガラリア、もどったか!トッド・ギネス殿も、頼む。至急、バーンのビランビーを援護せよ!」
青い髪の女戦士が、目を見ひらき、聞き返した。
「ビランビーは、まだ浮上せぬのですか。水中を潜行し、レッド・バーの砦に向かったはずでしょう。ナムワンが、水中から出てきたから…?ミズル殿、ビランビーは、いずこで戦闘中なのですか。まさか。」
「バーンは今まだ、水中におる!敵は、ダンバインと、ダーナ・オシーが2機!苦戦している、ガラリア、トッド、すぐむかえ。それがしの真下の湖だ!」
赤と青のドラムロ2機は、よりそって急降下し、湖に飛び込んだ。風の音が、水の音に変わった。そこで、ガラリアが目にしたものとは、レッド・バーの砦が、なぜその名で呼ばれるか、その意味だった。
地上にあった、石の砦は、まやかしのための建物だった。
赤い、赤い、鉄製の柵(さく)が、3層建ての枠組みの、水中建築物として、さながら赤珊瑚でできた、3階建てのビルディングのように、水中要塞をかまえているではないか。赤い鉄の柵でかこまれた、オーラ・マシン用昇降口が、最上部に1個、オーラ・シップのナムワン用の大きさでしつらえてあり、中央の段は、オーラ・バトラー用の発進口が、5つも並んでいる。その下は、頑丈な足台であり、どの鉄柱も、真っ赤だ。真っ赤!深い藍色の、淡水湖の底に、赤い柵の巨大な要塞が、ゆらゆらと、そびえるさま。ガラリアは、驚愕し、うなった。
「これが、レッド・バー(赤い柵)の、砦だったのか…!」
2013年8月11日