第32章 愛のありか
バーン・バニングスは、いくぶんすっきりしたおももちで、宴会場に戻り、業務上やむをえず、リムル・ルフトのとなりに立った。リムルが、彼に問いかけた。珍しいことだ。
「バーン、教えてほしいの。ギブンの館で、聖戦士の女性に会ってきましたか?」
ええ、やり捨ててきましたとは答えず、バーンは、素っ気なく語った。
「マーベルなにがしですな。はい、屋敷におりましたところを、見かけました。そのあと戦闘になり、その者が搭乗したダーナ・オシーを撃墜しようとしましたが、わたしの力がおよばず。」
そんなことが聞きたいのではないのよ、と、リムルはくちをついて出そうになったが、今、バーンに話しかけているのは、ショウ・ザマの出奔を助けるためである。バーンふくめ、宴会場にいる全員が、城の外に気を向けないように、努力しなくてはならない。リムルは、いいなずけの気をひこうと、けんめいに会話を続けた。
「聖戦士マーベルって、強いのね。あなたが落とせないってことは。」
別の意味で、完全に落としましたとは答えず、バーンは、ほとんどうわの空で、リムルの問いかけを受け流し、お館様の手前、無礼にならない程度に、返答を済ませていた。
彼の視線の先には、仲間たちと、楽しそうに歓談する、ガラリアしか、いなかった。なるべく、彼女のほうを見ないように、努めてはいたが、眼球は正直だった。ほかの男が、自分以外の男が、生涯唯一の、心の炎(ほむら)に、手を出しはしまいかと、気が気ではなかったのだ。
バーン・バニングスと、リムル・ルフトが、領主夫妻のとなりで、お互い、あさっての方角を見ながら、かみ合わない会話をしている様子を、トッド・ギネスが、興味深く観察していた。トッドは、赤ワインのびんを片手に、ゼット・ライトに杯をすすめ、次いで、ガラリアのグラスに、そそいでいた。
さて、本編の主人公、ガラリア・ニャムヒーも、気が気でなかった。早朝から、まる一日かけて、ドレスを選び、髪を洗い、パフをたたき、慣れないハイヒールをひきずって、そんなにまで努力をしたのは、
彼女は、一縷(いちる)の望みを持っていたからだった。ガラリアは、初恋の男性のことを、熱烈に愛していた。21歳になる肉体が、彼女の恋情をかきたてていた。心身のすべてを燃えつくした、激しい恋だ。23歳になった、青い長髪をたなびかせる美男子、バーン・バニングスが、ほんの少しでも、私の装いに、ふりむいてはくれまいか。
ガラリアは、入場してきたバーンが、婚約者リムルの手をにぎっているさまを、目にしたとき、さいしょまず、頭蓋骨が発火し、つぎに、腹の底、子宮に刃物をつきさされる痛みで、死ぬか、殺すかの、苦しみに耐えねばならなかった。嫉妬。彼が、姫君と婚約してからというもの、ガラリアは、バーンとリムルが言葉をかわしていたり、あろうことか、手にキスをしたりしている姿を見ると、五臓六腑を切り裂く嫉妬心で、気がふれそうになっていた。
ここで、読者に、肝心かなめの、ガラリアの考えを、シンプルに、お伝えせねばならない。
ガラリアは、バーン・バニングスは、リムル・ルフトと、褥(しとね)を、ともにしていると、思いこんでいたのだ。
なぜか。自分が、かつて婚約していた時期、すぐさま相手が、体を求めてきた。彼女も喜びに満ち、彼に、処女をささげたからだ。
また、バイストン・ウェルの騎士階級では、婚約をすると、肉体関係を持つことが、親にも、周囲の人々にも、公然に認められる。
だから、バーンとリムルも、いっしょに寝ていると、ガラリアは、そうだとばかり、思っていたのだ。
そんなガラリアは、領内最高身分の娘と婚約したバーンが、自分をふりむくことなど、金輪際ないと、絶望していた。だが、今夜の祝賀会はドレスアップの機会だと、色めきたつユリアにけしかけられ、きれいにしたら、彼が、私のほうを、少しでも見つめてくれるのではないかと思った。
ただ、ユリアとドレス会議をしているうちに、装うこと自体が、目的にすりかわっていたが。(女のおしゃれとは、えてしてそういうものである。)
宴会場に来てみたら、楽しくて、気が晴れた。みんなが、チヤホヤしてくれる。私に気があることは、よくわかっているゼット・ライトも、いつにも増して優しいし。
それと、今夜は戦勝祝賀会なのだからと、ガラリアは、まずトッド・ギネスに歩みより、挨拶した。トッドがガラリアの服装を、ひととおり、ほめちぎるのを聞き終わり、
「聖戦士トッド・ギネスどの。今回の出撃での、あなたのお働きに、いたく感激した。ドレイク軍副団長として、感謝いたす。以前、あなたに、無礼にも私が、手をあげてしまったことを、」
それ以上は、トッドが、言わせなかった。鞠がはずむような軽やかな口調で、彼は彼女を、言いくるめた。初陣でいいとこ見せられなかったんだい、そのまんまじゃ、そりゃ男がすたるってもんで、今回は発憤しましたよガラリアさん、とうぜんのことです、そんなお堅いくちぶりは、なしにしてくださいよ、と。ガラリアは、ギブンの館を焼き尽くした、戦勝のよろこびも手伝い、トッドに微笑みをかえした。
ユリア・オストークと、ゼット・ライトが、くわわった。アメリカ人男性2人は、それは楽しく、地上の話しを聞かせた。バイストン・ウェル女性2人は、そうですか、地上の身分制度は自由主義というのですね、ここバイストン・ウェルでは、と、呼応していた。
「自由主義といやあ、あれね。あの、お2人さん。」
トッド・ギネスが玉座の方向を指して、するりと言い出した。ガラリアは、ぎょっとして、騎士団長と、領主の娘との、いいなずけの2人を、ふり返った。
ちょうど、バーン・バニングスと、ガラリアの、目と目が合った。すぐ、お互い、そむけたが。トッドのせりふで目が覚めたガラリア。
「なんてえの、あれは。バーンは、お姫様と婚約してるそうだが、あれじゃあ、かわいそうだねえ。俺っち、男として、同情すんぜ。」
すぐ答えたのが、ユリアであった。
「バーンさまが、おかわいそうとは、どういう意味ですの?聖戦士トッド・ギネスさま。」
プラチナ・ブロンドのアメリカ人男性は、両の手のひらを高くあげて、肩をすくめ、相変わらずの軽快トークで、続けた。
「いまどき、親同士が決めた、フィアンセなんてさあ!女性に対して、もちろん失礼だし、男にしたって、いい迷惑だぜ。」
この話題については、特にガラリアの前では、沈黙を通してきたゼット・ライトと、ユリア・オストークが、見つめ合い、どうしたものかと目で相談したが、トッドはかまわず、言い放った。
「バーン・バニングスは、かわいそうだ。見ろよ、あの様子。完全に義務で、いやいやお相手してる。
惚れても、好いてもいない相手と、かたちだけの婚約させられるなんて!
バーンは俺と同い年だぜ?好きな女と、つきあいたいだろうに、気の毒、ほんとうに、お気の毒!俺なら、あんな婚約は、ぜったいお断りだ。」
ユリアは、ガラリアの顔色を、おそるおそる見上げた。そのとき、本編の主人公は、
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
<次回予告>
BGM ♪ちゃららら ちゃらららららっ
ひゃっほぅ、セザルでぇーす。思ったんだけどさ、第26章 から、「月下の花」の連載を再開してからこっち、僕のこの、次回予告コーナーでやってることと、はてなダイアリーの更新後書き でやってることが、かぶってるって、やっとこさ気がついたのさ。更新後書きにも、僕は出てきて、しゃべるわけだし。
おっとっと、長くなりそうさ。つづきは、第32章更新後書き で!じゃっ、またねい。
2013年7月2日