ガラリアさん好き好き病ブログ版

ここは、聖戦士ダンバインのガラリア・ニャムヒーさんを 好きで好きでたまらない、不治の病にかかった管理人、 日本一のガラリア・マニア、略してガラマニのサイトです。2019年7月、元サイトから厳選した記事を当ブログに移転しました。聖戦士ダンバイン以外の記事は、リンク「新ガラマニ日誌」にあります。

第14章 父と子

 深夜のラース・ワウ。近年、ショット・ウェポンによって、電気がもたらされたとは言え、電灯で照らされるのは、室内、それも身分の高い者の部屋に限られている。外灯はなく、漆黒の闇夜を照らすのは、昔と変わらぬ、かがり火である。ぱちぱちと、音を立てて燃えるかがり火のそばには、衛兵が、見張りに立っている。城内の随所で、24時間体制で監視をする任、衛兵役を務めるのは、軍内でも下位の、下級兵である。特に、深夜の見張りは、誰もが、進んで務めたくはない仕事であった。

 中央宮殿の奥廊下で、槍を掲げての不寝番を任じられた、男2人が、愚痴を言い合っていた。彼ら勤務中の下級兵は、皆一様に、薄茶色の軍服に、同色のヘルメットを被っている。両目だけを覗かせたヘルメットの型は、バイストン・ウェル諸国に共通のデザインである。

「また不寝番か、あーあ、交代で、昼寝ができるからって、やっぱり夜勤はこたえるな。」

「寝るのは、空が暗い時間でないと、熟睡できない感じがするよな。それに、午睡だと酒が飲めないし。」

すると、表廊下の方角から、別の下級兵が1人、静かに歩いて来た。この兵士も、ヘルメットを被っており、夜目なので、不寝番の2人には、その男が、どの部隊の、誰なのか、わからなかった。

ドレイク軍は、今や数千人規模に拡大していた。オーラ・マシンを製作・可動させるためには、工兵から雑兵から、人員がいくらあっても足りない情勢になっていたので、ドレイクは、徴兵制度の抜本的改革に取り掛かった。まず、4年制の士官学校を、3年制に変更した。ユリア・オストークは、17歳の誕生日前に入学し、3年後に卒業したのだった。領主は、「指揮官の養成に、時間をかける時代ではなくなってきている。これから多く必要なものは、消耗品としての兵隊である」と考えていた。

このように、大勢の兵士が居住する城内で、見知らぬ兵士に出会っても、不思議ではない。不寝番の2人は、近寄ってきたヘルメットの下級兵に、

「よお。お前はどこの配置なんだい?まいるよな、夜勤は。」

と話し掛けた。するとその男は、小さい声で、

「僕、今夜は非番なんですけど、あの、先輩がた、よかったら、ここの見張り番、僕がやりましょうか。」

と、言った。その声は、まだごく若い、少年の声だった。10代後半の兵士もたくさんいるので、これも別段、珍しくはない。

「えっ…なんでだよ、夜勤は、そりゃあ、いやだけど、ここは俺たちの任務だし。」

「やりたいんです。だってさ、僕さ、まだ、見張りをさせてもらったことない、新入りで。ブル・ベガーの甲板掃除とか、厩舎の修繕ばっかりさ!先輩がたみたいに、槍を掲げて立ってみたいんだ。かっこいいんだもん。これぞ兵隊さん!って感じでさ。僕、代わりを、ちゃんとやりますから。だめかなぁ。内緒で、交代してもわかんないんじゃないかなぁ。」

「そうだな、えらいさんは、朝にならなきゃ、起きてこないから…おい、どうする?」

下級兵2人は、顔を見合わせ、上官にバレないなら、願ったり叶ったりだ、と合意した。その兵士に槍を持たせて、今夜は酒を飲んで眠れる、と喜び勇んで去って行った。

 交代を申し出た、ヘルメットの下級兵は、奥廊下で1人になった。槍をしっかり持ち、姿勢よく立ち、まっすぐ前方の壁を見ていた。周囲を、見渡さなかった。そして近辺には、コモンもミ・フェラリオも、いなくなったことを、空気の匂いで悟った。

「…中央宮殿、領主の家族の住まいが、こんないいかげんな見張りで、いいのかな。あは!」

と口には出さず、心の中でつぶやき、その下級兵は、奥廊下から、姿を消した。床に刺された槍だけが、そこに立っていた。

 


同時刻、東の棟。ラース・ワウ城の東の端に、ガラリアの寝室は、あった。石造りの、お城のはじっこ、2階にある部屋の、窓辺に、夜に。もしも夜に、この窓辺を訪れる小鳥がいたなら、小さな窓の中から、すすり泣く、かわいそうな女の子の声を聞いたであろう。

ガラリアの部屋を、訪れる者は、かつて1人もいなかったし、ミ・フェラリオの1匹も、ここには来なかった。ガラリアは、友達のユリアをも、この部屋に招いたことはなかった。東棟の先端にある、ガラリアの個室は、かつて、罪人を幽閉するための牢獄だった。

ガラリアが、正規軍に入隊した時、女性騎士用の、寄宿舎がなかった。空き部屋は、いくらもあったが、どれも、男が使う部屋に近かった。当時まだ、士官学校の寄宿生活で、男子生徒にいじめられた記憶が鮮明だったガラリアは、なるべく、誰とも離れた場所に、個室を欲した。その結果、使われていない、古い牢獄を、改装するのが最適だった。

 ガラリアは、元・牢獄だった部屋を、恥じて、他人を寄せ付けないのではなかったし、彼女は縁起をかつぐ方ではなく、使いやすく整えた自分の部屋は好きだった。室内は、きれいに改装されており、壁紙は花柄で、一見では、昔、罪人を投獄した場所である面影はない。調度品も整っている。だがガラリアは、この部屋に誰かを招くことはないと考えていた。彼女にとって、この部屋は、枕につっぷして泣く場所であり、自分の孤独の象徴であるからだった。

 4年間、この寝室で眠ってきた。最初の1年間、ここで、独りで、眠る時には、

「今度、彼に抱かれる日までが、独り寝なのだ。」

と思い、熱い自分を寝かしつけていた。だが、彼を失った夜から、彼女がここで眠る時、それは、

「私は、永遠に、誰にも抱かれることはない、誰にも愛されないし、私が誰かを愛することもない。この先ずっと、私は独り寝なのだ。」

という、絶対的孤独を自省する時間、それが、彼女にとっての眠りであり、寝室であり、且つ、

「…あっ…あぁん…うん、うん…あ、あ、あ」

切なく泣き声をあげ、薔薇色の吐息をもらし、彼女自身の<花>に触れる時であった。

 白いシーツの上で、ピンク色のキャミソールと、同色のパンティーで、ガラリアは、電灯を消した暗闇の中、仰向けになったり、うつ伏せになったりして、独り喘いでいる。乳房をはだけ、パンティーの中に指を侵入させて、

「あぁん、いや、いや…いやだ…ああん…ぐすん、あ、あぁん」

とすすり泣く。21歳になった真珠の頬を、一筋の涙が濡らす。そしてパンティーの中は、熱い熱い蜜でとっぷりと濡れている。どうしてだろう、毎月、何日間かは、褥をしたくなってしまう。どうしてだろう、この部屋にいれば、大声を出したって、誰にも聞こえないのに、声をひそめてしまうのは。

 オナニーしている時、ガラリアは、自分をかつて抱いた人物を、思い浮かべそうになるのを、考えないようにしてきた。失った彼を思い出しては、眠ることも、食事を口にすることもできない日々は、彼女にとっては何十年にも感じる辛苦だった。

最近になって、彼女の中で、褥を欲する感覚は、極めて抽象的な心象となっていた。愛欲に目覚めてしまった体を、燃え盛る朱鷺色の肌を、自分で慰める時に、彼女が印象するのは、漠然とした「褥」であり、漠然とした「剣」であった。実在する、或いは実在した誰か、ではない「男」。それは、精神を持つ一個の男性を求めるのではなく、即ち外界へではなく、ひたすら自分の中へ、内省へと導く行為であった。

 仰向けになって、ガラリアは、左手の指で、パンティーの内側の、花びらの中心をゆっくりなで、右手で、乳房をぎゅっと掴んだ。

「あぅ、はぁ、はぁ、ああ、い…いい…」

今月は、先月よりもなんだか、感じる。激しく、したい。したいだなんて…いやなのに、悲しいのに。私の体は、ここをこんなふうにされたいのだ。ガラリアは、右手に持った大きな乳房を、口に向けてぐいっと持ち上げ、濡れた舌をのばして、自分で自分の乳首を、れろれろ、と舐め回した。ああ、私はすごくいやらしいことを、している、恥ずかしい、こんな私、でも…蜜はどんどん溢れて、花畑に咲く毛はしっとりと濡れ、女穴から出てくるしずくは、とろとろと垂れてお尻の穴にまで流れている。

「あふ…もう、だめ…いいの、ほしいの、あぁっ!」

私の、一番恥ずかしい穴が、熱くて太い棒を、欲しがっている。私の、寂しく膨らんだ乳房が、吸いつかれ、舐め回されることを、求めている。乳首が、きゅうっと硬くなって、天空にのび、しゃぶって!と叫んでいる。私の…唾液の溢れるお口が、物足りなく舌を泳がせて、剣の先端を、くわえたいと…ああ、もう…だめ、我慢できない、したい、いっぱい、したいの…

 花びらの外壁をなでていた指は、耐え切れず、もう3年以上、剣を受け入れていない中に、挿入された。左手の中指が、ガラリアの花に入るという、名誉を享受した。

「い、いい!あ、ああん!いやぁ、死んじゃいたい…あぁん、うん、うん、いい!」

中指は、花の中の、自分で発見した一番感じるひだを、ぐいぐいと押した。花の内側は、たった1本の女の細い指が、息苦しいほどに、きつく締め付けた。ガラリアは指で花の中をかき回し、叫びたくなる口を、枕に伏せて、布を噛みしめ、

「ぅううう、あう、はうッ…」

いく、とは言いたくなかった。ガラリアは、オナニーでいく時には、いつも枕を噛んだり、歯を食いしばって、言葉と声を飲み込んだ。中指が動くと、室内に、クチュクチュクチュという、淫猥な音と、ベッドのきしむ音だけが、響いた。それは、彼女が、イッてしまう時だ。

今、ガラリアは、うつ伏せになり、お尻を突き上げ、その真っ白なでん部を振り上げ、左の中指は、花に挿入し、激しく出し入れし、他の指と手の平で、種と花全体をぎゅうぎゅう押し付け、右手で、シーツ上に垂れる右の乳房を揉みしだきながら、口は枕のはじっこを噛んだ。いい、いいの、私のあそこが、いいの、すごいの。

熱い!いく、いく、いっちゃう!

「くぅっ」

ばたん、とシーツがはずんだ。ガラリアは、指をあそこから引き抜き、両手で枕を抱きしめて、目からは涙、花からは、白濁したねばりけの強い蜜を、垂れ流したまま。フゥーッと、長い息を吐いた。真白き肌は、汗ばみ、ピンク色のパンティーとキャミソールは、しっとりと彼女の身体に貼り付いた。長い睫毛が、濡れて、その先端が枕に押し当てられるのが、ひどく敏感にわかった。

触り始めには、恋人を失った自分が、オナニーなんて、辛いと思うのに、どうしても、したくなってしまうのだ。そしてイッたと思っても、私のあそこは、まだヒクヒクと動いている。花の奥が、感じた私を祝福するかのように、拍手をしているかのように、ぱくぱくと、波打つのだ。よかったね、よかったねガラリア、と。

「ふぅ…いっぱい…したのだぁ…あぅーん…」

ガラリアは、うっとりと垂れ目を細めた。女は、イッた後がこれまた、気持ちいいのだ、あぅーんとあえぎながら、しとどに濡れたパンティーをゆっくり脱いだ。布地の内側が、糸をひいている。それを見てまた、あそこが感じて動く。

生理前に、したくなるのはどうしてだろう、あぅーん、私…こんなにヌルヌルになるまで、してしまったのだぁ、いつから私はこんなやらしー子になったのだぁ、あぅーんと、あそこに入れていた、中指をちゅむぅ~、となめた。赤い唇を突き出して、女の子がおしゃぶりをしているその表情は、元彼をとりこにした、美しい仕草であることを、ガラリアはよくわかっていたが、

「こんな私…絶対、誰にも見せられない。恥ずかしい…くすん。」

それにしても、同じオナニーでも、前章で書いた男のそれと、女のそれとで、こうも描写にエコヒイキが出るものなのかとか、いや、エコヒイキではなく、実際、美しい女のそれは、誰が見ても大抵、いじましく可愛らしいし、ああかわいそうに、俺が抱いてあげたい或いは誰か抱いてあげて、的情愛が沸き起こるが、男のそれは、いくら美男子でも、あまり見たくはないし、かわいそう以前にその姿自体がマヌケであるし、普段かっこいい男性のそんな姿を見たら、むしろ滑稽さが際立つのではないかと

 この、いわれなきオナニー差別は、いったいぜんたい、なにゆえであろうか。

「しかし、なんだな。」

仰向けになり、パンティーを脱いだ両足を楽にひろげ、ガラリアは考えた。

女の生理は月経であり、月一単位で、赤いものが椅子にしみつく。赤い鮮血には、病的な印象があり、今日はおなかが痛いのだぁと、青ざめた顔でうなだれていると、大概、守備隊ではハンカチ君あたりが、いいよガラリア、休んでおいで、などと敬ってもらえるよなぁ。

その点、男の生理ときたら、出すのは毎日、赤ら顔でニヤニヤしながら剣をいじくり回し、ウォッとかアゥッとかうなって白いのがピュッピューであり、そして出したとたんに、やらしー気持ちが冷めてしまうらしい。そして硬かった剣が、ボンレスの死骸みたいなブヨブヨのシワシワ~になり、いく前まではウッヒャーと笑っていた男の顔が、死んだ魚みたいな目つきになり、白いのがついたブヨブヨを、ちり紙で拭く姿は、醜いとまでは言わぬが、哀れだ。

そして、女は女同士で「生理が来たのだ。」と訴えれば、ユリアが、赤詰草の頓服ありますわよ、おなかを冷やしてはいけませんのよ、と気遣ってくれるが、男が男同士で「生理が来たのだ。」と訴え、勃起したから剣を磨きたいと言ったとしたら、馬鹿野郎仕事しろこの色ボケと罵られるであろうなぁ。

…恋人を失い、オナニーしていても、やはり女であって、よかった…

「だけど、恋は、しないのだ。できないのだ。誰かを好きになったら、こんなに、感じやすい体に、なってしまった私は、きっと、また抱かれたくなる。抱かれたら、その男なしでは、生きられなくなってしまう。それが…私には、一番、怖いことなのだ。彼は、アトラスは、私をあんなに愛してくれた。私は、彼に処女を捧げ、それは私自身の幸せだった。だが彼は…彼さえ…生きていてくれたなら…う…」

だめだ、それを考えては、だめ!ガラリアは、ひろげていた股を閉じて、起き上がり、電灯をつけた。枕元に、室内灯のスイッチがある。電灯で照らされた白いシーツから、素足を下ろし、ピンク色のムートンのスリッパを履いた。脱いだパンティーを持って隣室へと歩きながら、肩ひもの乱れたキャミソールを脱いだ。彼女は、寝室の隣りの、浴室に向かった。浴室内には、洗面台兼脱衣場があり、洗濯物のかごが置いてある。

「シャワーを浴びよう。蜜は、汗だ。涙も、汗だ。全て、心が流す液体ではない。ただ、この体が排泄する液体に過ぎないのだ。たまに、褥がしたくなれば、自分でイけば、済むこと。…うん…明日も仕事。そうだ、明日の晩は、ドレイク様から、なにかお達しがあるとかで、大広間に集合するんだったな。昼も、夜も、私の生活は、仕事なのだ…」

 


 同時刻、ルフト領の西部に広がる森、通称西の森を、ガロウ・ランに先導させ、馬を駆る若者がひとり。彼の乗っている馬は、かつての栗毛ではなく、違う馬になっており、この若い馬には、騎手の悪い癖である【たてがみ引っこ抜き】に耐えられるほどの人徳がない。抜かれる度に

「ヒヒン!(やめんかゴルァ!)ヒヒーン!(おまえ、自分のロン毛引っこ抜かれたら痛い言うちゃうんかオラ!)」

と叫んだ。馬が叫ぶ度に、銭で雇われているガロウ・ランは、

「ニグ・ロウ、馬を黙らせよ!」

と、雇い主に怒鳴られた。バーン・バニングスは、日々此れ剣磨き、事後激鬱の繰り返しに、いいかげん、嫌気がさしていた。たまには本番をさせてもらっても、バチは当たらぬであろう、優しいおねいさんに、甘えたっていいであろう。アトラス許せ、もう我慢の限界なのだ、と言うか、よく考えたら、別段、男のわたしが、死んだ男に操立てをするいわれは、無いと言えば無いのだ、という思考で、約3年ぶりに、古い愛人、ロゼルノ夫人宅を訪問しようとしていた。

 騎士階級同士の密通の、礼儀として、バーンは、事前に手紙をしたため、ニグ・ロウに出しに行かせた。以前ならば、ロゼルノ夫人は、すぐ色良い返事を書き、ニグ・ロウがそれを持って帰ったのだが、今回、

「なぜだ。お返事の手紙がないだと?ニグ・ロウ!どういうことだ、では夫人が、御自らお前に伝言されたのか。ないだと?召使いに、帰れと言われただと?そんなはずがあるか。ではわたしが、直に会いに行く!」

という、筆者の我慢の限界を越えた発想により、ロゼルノ夫人の、邸宅に到着した。

 かつて童貞バーンが、未亡人が落とす大輪の花を受け取ったバルコニーの下にひざまづき、23歳になったバーンは、ええい、まだか!と、進歩の見られない台詞を噛んでいた。台所の裏口では、ロゼルノ家の召使いと、ニグ・ロウが、押し問答をしていた。太った中年女は、下働きの平民であるが、ガロウ・ランはそれより低い階級なので、おばさんはきつい口調である。

「何回頼まれたって、だめだよ!あたしゃーねえ、奥様から、バニングスさんは追い帰すようにって、言われてるんだ。あの男は、とっくの昔にお払い箱なんだよ!言ってやりなよ、あんた。あんたのご主人様にさあ。」

「そんなこと、俺の口から、言えるものなら、とうに言ってる。頼むよ、取り次いでくれ。金ならある。」

ニグ・ロウが差し出した、手の平の硬貨を見て、おばさんは鼻で笑った。

「あたしの給金がいくらだと思ってんの。はん、うちの奥様は資産家でね、しかも独り身のお美しい方だ。奥様のために黄金を積む男は、吐いて捨てるほどいるんだよ。そんなはした金は受け取れないね。ハッ、ガキの使いかい!」

こう言われたニグ・ロウは、自分の感情を表さないのが、ガロウ・ランの仕事であるにも関わらず、すすけた顔色を、もっと暗くさせ、うつむいて、

「確かに、ガキの使いなんだ。俺は。3年以上手紙も出さずに、女が心変わりしないと思っている、ガキの使いさ。こういうのを、世間では自然消滅と言うんだよこのクソガキ、と言いたいけれど、言えない、クソガキの使いっぱしり生活を、幾星霜、金のためでなければ、こんな生活はもういやなんだ。うっ、うっ、こんな…生活…もういや…ううっ」

おばさんは、ガロウ・ランとはいえ、自分の亭主と同じぐらいの年齢の男が、おやおや泣き出しちゃったよ、あらまあ、ちょっとかわいそうだねえ、わかったよ、奥様にお願いしてやるよ、という次第で、バルコニーに、バーンの待ち人が現れた。

 2階のバルコニーに、黒いドレスのロゼルノ夫人が立った。35歳になり、ますます馥郁たる美貌の、昔馴染みの女性を見上げ、バーンは、さあヤろう、ハメよう、オッパイなめようと勇んだ。深夜の窓辺、彼女の背後の室内から、電灯の光が射し、スポットライトのようにバーンを照らした。懐かしい、初めての女の名を、バーンは呼んだ。

「おお、イザベラ!お会いしたかった。多忙にかまけ、貴女のお裾にまかりこすが、遅くなり申した。お許し願いたい。」

ロゼルノ夫人のフル・ネームは、イザベラ・ロゼルノだったのである。黒髪を結い上げたイザベラは、口元だけでとりあえず笑い、黒い細い眉をひそめた。

(困ったわねえ…この坊やには…空気を読むとか、あうんの呼吸とか、わからないのかしら?)

地面にひざまづき、挨拶する自分に、言葉をかけてくれないイザベラを見上げ、バーンは、長らく暇(いとま)をしたから、寂しかったから、彼女は怒っているのだと思い、矢継ぎ早に口上した。

「すまない、貴女がお怒りになるのは、もっともだ。わたしが悪かった。戦があり、昇格があり、新しい機械の操縦を会得せねばならなくて、諸種あって、貴女には、寂しい思いをさせた。だが、貴女へのわたしの気持ちは変わらぬ。わたしはいつも、いつまでも、貴女の忠実なる愛のしもべであり、」

あとなにかグダグダ言っていたが、イザベラはもう聞いていなかった。恋愛の、酸いも甘いも知り尽くした女性は、男が、ただヤりたいために、口ではなんとでも美辞麗句を並べたてる生き物であることを、バーンより熟知していた。愛だの、結婚だの、約束だのと、口で言うだけなら、いくらでもできるのである。

 イザベラ・ロゼルノは、ひとこと、こう言った。

「バーン様、これを」

と、今夜、彼女がバルコニーから落としたものは、白い花ではなく、封筒であった。それを手に取ったバーンは、クリーム色の封筒に、バニングス家の蝋印が押してあるのを見て、

(なんだ、わたしが出した手紙ではないか。)

と思った。クリーム色の封筒は、バーン・バニングスの愛用文房具であるし、表書きの

『 イザベラ・ロゼルノ様 』

という宛名も、羽ペンで書いた、いつもの淡い黒インクで…これらの文房具を使う者、バニングス家の紋章をかたどった蝋印を使える者は…

薄明かりの中、封筒を裏返し、差出人の署名を、見たとたん、バーン・バニングスは、

「う、うわああああああーッ」

封筒を地面に投げ出し、裏返った亀のように仰向けに倒れ、そのままの姿勢で数メートル、ざざーっと後ずさりし、ヒィーッと、力ない、情けない悲鳴をあげた。のけぞる亀君を2階から見下ろしたイザベラ・ロゼルノは、さも悲しそうな顔で、

「今日の夕刻、この手紙が、届いたのです。そういうことなの、バーン様。わかって。わたくしも、辛いのです」

バーンは、地面の封筒を、ゴキブリを捕獲しすぎたゴキブリホイホイを見るような、生理的嫌悪感でもって見やり、またヒィーッと怯えて、

「ち、ち、父上が!父上がこれを、ウワァバレたのか、父上にバレたのかぁーっウワァァア」

バニングス卿に、知られてしまっては、わたくしがどれほどあなたをお慕いしていても、身を引かざるを、えませんわ、バーン様。卿はたいへんなご立腹ですが、わたくしが夫無き、よるすべの無い者だからとご厚情下さり、黙って息子と別れてくれれば、表沙汰にはしないと書いてこられました。ああ、悲しいこと!もうあなたに、お会いできないのです、ああ、わたくしのバーン・バニングス!さようなら。」

厄介払いが済んだイザベラは、バルコニーの鎧戸を、ばーん、と音をたてて閉めた。バニングス卿の子息は、地面に落ちた、父親が書いた手紙を置き去りに、アワを食って、ラース・ワウに逃げ帰った。

今日の朝、バーンからの手紙を落手したイザベラ・ロゼルノは、匿名の手紙を書き、子飼いの密偵を使い、父親バニングス卿に届けさせたのだった。

『お宅のご子息は、西の森に住む、戦争未亡人に、しつこく言い寄って、密通していますが、いいのですか。未亡人は、過去には、少年の熱意に負け、情を交わしたこともあったようですが、今やご子息は騎士団長になられた方、身分違いもはなはだしく、かような愛人の存在を世間に知られたら、ご子息の不名誉になりませんか。未亡人の方は、もうお会いすべきでないと思っているようです。だのに、今朝もまた、バーン・バニングス様は会いたいと手紙をよこしたので、未亡人は困り果てているようです。』

これを読んだ、バニングス卿は、西の森を領地とするイザベラ・ロゼルノ本人宛てに、早速手紙を書いたのだった。手紙の内容は、イザベラがバーンに話したのと、さほど違わないが、ニュアンスは多少違っていた。

『うちの息子が、ご迷惑をおかけしたようで、誠に申し訳ない。あれには、拙者からきつく言ってきかせる所存にて、老体に免じて、お許し願いたい。今後、息子が、そちらを訪れることあらば、願わくば、縁を切っていただきたく御願い致す。』

このへんは、大人同士のやり取りである。バーンの父は、匿名の手紙が、ロゼルノ夫人、本人からの、苦情であることを、赤面しながら理解できる人物なのである。

 


 次の日の、朝。朝礼に望む、騎士団長のマイクの声には、力がなかった。

「警備隊、守備隊、通常任務。その他の予定…騎士団長、副団長及び各部隊長は、夕食前に、中央宮殿、大広間に集合。ドレイク様より、伝達事項あり…制服着用にて、遅滞なきように。」

バーンの右横にいたガラリアは、マイクに向かうバーンの、向こう側から、ミズル・ズロムが歩いて来るのを見た。軍参謀の位となったミズルは、通常、朝礼に出席しないので、私の並ぶ列に向かって来るのは、軍幹部の、誰かに、用事があるからだな、と思って眺めていた。ちなみに、前章の、ドロの増産願いは、ドレイクの首を縦にふらせ、現在、機械の館が製作中であった。

「以上、解散。」

マイクを手にしたバーンが、壇上から降りると、丈の長い、紫色の制服を着た、栗色の髪のミズル・ズロムは、優しげな笑顔で、バーンに語り掛けた。

「バーン。さきほど、お父上からの使者が来たよ。」

すると騎士団長は、ふら~と上体を傾け、持っていたマイクを、ボトッと地面に落としてしまった。それを見たガラリアが、マイクを拾い上げ、砂を払って、

「こら!ゼット殿が作った機械を、壊したらどうする。丁寧に扱え。」

と、言ったのだが、バーンには聞こえていないようだった。

ふん!やはりバーンは、私の話しを、聞こうとしないのだ、なんだ、無視して、私がどれほどお前のことを…いや、昔さ。あれは、私が13の誕生日を迎える前に出会った恋だ。もうはるか昔の、淡い初恋なのだ。終ったことだ。なにもかも、私の<恋>と呼ばれる日々は、終ったのだ…

バーンの代わりにマイクを持って、ガラリアは、ミズルとバーンから、立ち去りながら、思った。

バーンに、父上からの使者か。

 バニングス卿は、ドレイク様より年上で、かつてはドレイク様の、最も信頼厚い騎士団長だった。なんでも、ドレイク様がまだ、雑兵だった時代からの戦友らしいが、私の生まれる前の話し、そしてドレイク様は、ご自分の軍歴を、公表されない方だ。

20年以上昔の話しには、私は、触れたくない。我が父、ニャムヒー家の先代について、私は触れたくない…父の罪、敵前逃亡という言葉を耳にするだけで、幼い私の苦渋が、蘇る。新入りの兵士たちには、副団長ガラリア・ニャムヒーの出生を知らぬ者も、多くなってきた。それでいいのだ…

バーン、お前は、父親が名高い騎士であり、両親が健在であることが、どれほど幸福か、わかるか!

 


40歳代のミズル・ズロムは、老騎士の子息が、口半開きで生気を失った顔になっている様子を見て、軽やかに笑った。

「ははは、バーン、そのように緊張することはない。卿は、そなたが幼き頃より厳しい方だったがな。そなたは、いやいや、貴公は、もう一人前になられた。お父上は、今夜、お館様が皆に申し伝える件について、予め息子殿と、打ち合わせしたいとのことだ。」

「なんと?今夜の伝達事項についてですか?なんのお話しなのか、わたしは知り申さぬが…ミズル殿は知っておられるのですね?なんなのですか?」

ミズルは、少し、眉をひそめ、目を閉じた。「うむ」と肯定し、また優しい、青色の瞳を開き、バーンを見た。

「それは、お父上から、直接聞かれよ。バニングス邸に、すぐに来るように、と、それがしが伝言を受けたのだ。行きなさい、バーン。実家は久方ぶりであろう?お母上、ハリエット殿にも、宜しくお伝えしてくれたまえ。」

母上は、いいのだ、長く病床にあり、わたしは心配し、またご心配をおかけしている、お優しい母上は。

 父上に、会うのか…なんなのだ、お館様の今夜の謁見と、父上とが、なんの関係があるというのだ。昨夜の、西の森のことが、痛い。痛すぎる。こんな日に実家へとは…しっ、死にたい。激鬱だ。

 死んだ魚のような顔になったバーンが、とぼとぼと厩舎に向かうのを見たガラリアは、また、ふん!と鼻を鳴らした。城の方を振り返ると、ミズルが、中央宮殿へと続く石畳を歩き、ショット・ウェポンに出会って、挨拶している声が聞こえた。

「おお、ショット様!あなたが、それがしをブル・ベガー艦長にと、推挙して下さったと聞き申した。ありがたきことであるが、それがしのような古い人間に、機械の扱いが務まりましょうや?」

黒いロングドレス状の服に、甲冑の襟飾りをまとったショットは、しずしずと答えた。

「操舵手や、技術畑に従事する任は、専門の兵士を訓練しております。ミズル・ズロム殿、あなたには、オーラ・シップから、前線の総指揮をとっていただきたいのです。あなたは兵法学の専門家でありましょう。是非ともその英知を、発揮していただきたく思います。」

「うむ、ならば、不肖ミズル・ズロム、空域よりの兵法を成し遂げてみせましょう。ははは、この歳で、空に浮ぶ舟の艦長になれるとは。まるで初陣に臨む若人になった気分だ。はっはっは!」

本当に若人のような奮起に燃え、腹から笑っているミズルを見て、ガラリアは、おや?と思った。

 ミズル殿は、ケミ城戦の後、まるで恋人を失った私のように、なにかを失ったかのような、お苦しみにあったように、見えた。そう、私と同じく、長きに渡って、顔色が冴えず、任務を果そうと努力しながらも、深き悲しみにあったようだった。

そして、騎士団長の位をバーンに譲った際、軍参謀も辞めたい、引退すると言い出した。お館様が説得して留まったのだが…

あのように明るく笑うミズル殿を見るのは、何年ぶりか?原因はわからぬが、長く悩んでおられた様子が、随分と元気になられたではないか。いつ頃からか…?

なんにせよ、よかったな。あの方は、私の恩人だ。ミズル殿に報いるためにも、私も、悩みに打ち勝って、生きていかねばならぬ…

 


 ラース・ワウより、東方へ馬で1時間走ると、バニングス家の領地に入る。濃いピンク色の甲冑姿のバーンが、林をぬけると、8年前、ガラリアが草花を摘んでいた丘に出た。馬上のバーン・バニングスは、あの日の出来事を思い出していた。

 14歳の士官学校生だったわたしは、自宅から、馬で通学していた。あの日は、学校の休みの日で、うるさい父のいる家にはいたくなくて、若駒に乗り、この丘までやって来た。すると、小さな女の子の、泣き叫ぶ声が聞こえた。

女性に敬意をはらい、女性を守るために、身を捨て助くのが、騎士道と教えたのは、他ならぬ父だった。女の子が危ない目に、遭っているようだ、わたしが助ける!と勇み、駆けつけた。

そこには、平民の少年数人に、押さえつけられ、もがき泣く、まだ幼い…小さな体の、青い髪を短くした、かわいい女の子が…今でもありありと思い出す。ガラリアは、白いブラウスを破かれて。その襟を、恥ずかしそうに両手で隠し、ブルブルふるえて泣きじゃくっていた。うずくまる彼女に、わたしは、右手を差し伸べてこう言ったのだ。

「泣くな。わたしがいる。もう大丈夫だ」

と…

 早駆けさせていた馬の歩調を、バーンは止めた。丘の上、思い出の場所で、バーン・バニングスは、その赤茶色の瞳を、大粒の涙で潤ませた。

戻りたい、あの日に!

告げたい、あの日の、幼き君に。わたしが君を守る、わたしが君のそばにいる、わたしは…君を傷つける者は、許さないから、君の<花>を犯す者は、許さないから。ガラリア、我が不滅の恋。わたしの初恋にて、ただひとつの女性へ捧げる愛だと…君を抱きしめて、告げたいのだ。

これは、わたしが摘んできたポロポーズの花だ。受け取ってくれ、わたしのガラリア!

「叶わぬ夢だ。…アトラスを死なせた男を、彼女は永久に、許さないだろう。」

馬が、また走り出す。丘を駆け下り、林間を抜けると、青々とした平野が広がる。一面の草原には、バニングス家保有の馬が、そこかしこにいて、草を食んだり、子馬は母馬の後を追ったりしている。草原の彼方に、平屋建ての豪邸が見えてくる。白い壁に、澄んだ青色の屋根。広大な放牧地の中央に、塀を持たない平屋の邸宅を建てることが、父の若い頃からの夢だったそうだ。理想通りの家で、悠々自適の隠居生活をしているのが、バーンの父、バニングス卿であった。

東西に長く長く続く平屋の、北側の中央にある、木製の玄関口に、馬に乗ったままのバーンが到着した。玄関のわきに造られた馬屋から、馬丁の老人が飛び出して、

「ぼっちゃま!お帰りなさいまし!おお、なんとご立派な騎士ぶりじゃ、おお、わしのバーンぼっちゃま!」

「じい、もう、ぼっちゃまは…よせ。」

じいと呼ばれた老人は、バーンの馬の手綱を引きながら、大声で家屋の中へと叫んだ。

「おーい、バーンぼっちゃまのお帰りじゃ、皆、お迎えせよ!」

すると、中央玄関の扉が開き、数人の召使いたち、初老の男女がワラワラと出てきて、感歎の声をあげ、バーンを迎えた。口々に

「ぼっちゃま、我らがぼっちゃま!お帰りなさいまし!」

「ぼっちゃま、見違えまして御座います。すっかりご立派な青年騎士になられて…ばあやは、嬉しゅう御座います。」

「バーンぼっちゃま、わしは指折り数えてお待ちしておりました。ぼっちゃまがこの家に帰って来られたのは、3年と10ヶ月ぶりにて、おお、わしの孫の歳と、同じぐらいですからのう!いやお懐かしゅう御座います」

バイストン・ウェルには、盆と正月がないにしても、いかに、この豪邸の跡取り息子が、実家に帰ってないこと久しいか、バーンは歓喜に湧く召使いたちに、責められているような気がした。勤務地のラース・ワウから、馬ならたったの1時間である。新兵器のグライ・ウィングを使えば、5分もかからない。にも関わらず、バーンぼっちゃまの、実家への足は、ブル・ベガーの総重量より重かった。避けていた。なんだかんだと理由をつけては、帰らなかった。じいが、ぼっちゃまの足かせの名を口にした。

「さ、さ、ぼっちゃま。お館様が、居間で、首を長くして待っておられます。お早く。」

死にたい。バニングス邸のお館様こと、我が父が、居間の長椅子に腰掛け、腕組みしている姿は、わたしの幼少時より変わらぬ、我が家の制度【これより父上のお説教タイム】である。始まったら、長い。しかも、昨夜、最も恐れていた事態が、現実のものとなってしまったのだ。よりによって父上に、女の件が発覚するとは。死にたい。誰か助けてくれ。

 玄関に入り、死んだ魚顔のバーンは、それでも軍人らしい、姿勢を正した歩調で、軍靴を鳴らして長い廊下を歩いた。廊下は、こういう歩き方をしないと、叱られるからである。平屋の屋敷に沿った長い廊下、広い窓がいくつも開放された、板貼りの道が続く。この直線廊下の窓から見える、青い草原は、バーン・バニングスの原風景であった。

(この道はー、いつか来た道。あーあ、そうだよー、居間の入り口に、母上が立っていーるー)プチ替え歌

「おお、母上!」

バーンは、この屋敷にあって、唯一の心の拠り所である、最愛の母の足元に、くずれるようにひざまずき、手をとり、さかんに接吻した。淡い橙色のドレスを着た、小柄な初老の女性、ハリエット・バニングスの、藍色のショートヘアには、白いものが多く目立ち、髪の色は、青空の色に近くなっていた。バーンは、ほとんど泣き出しそうに、母の手に、老いた、美しい母親の御手に、すがった。

「母上、母上。寝込んでおられるのではと思っておりました。歩き回って、大丈夫なのですか、ああ!」

「バーンが帰って来るのですもの。わたしはここに、立っていたいのよ。まあ、この子ったら…すぐ近くに住んでいるというのに、何年も顔を出さないで。」

と語るハリエットの口調は、なんら、1人息子を責めてはいない。

バーンの母は、30代後半に初めての子供を産み、50代になった頃から、婦人科系の病を患っていた。屋外へ出るとしたら、南向きのテラスでお茶を飲むぐらいで、その他の時間は、ベッドに臥すことが多かった。ハリエットは、夫より10歳年下の妻で、バニングス卿が20代の頃、見初めた少女だった。彼女は、若い頃から、藍色の髪を、耳とうなじの見える、ごく短い髪型にしていた。

バーンが、青い短髪の少女、ガラリアを愛するのは、この母の印象に拠っているからなのかもしれない。また、とにかくヤりたかったからとはいえ、初体験の相手に選んだロゼルノ夫人が、かなりの年長女性だったのも、彼の母性への憧憬が強いためだろうと思われる。

「今日はね、バーン。お父様から、大事なお話しがあるのよ。御領主様と、我が家との、それは大事なお話し。後でわたしとも、ゆっくり話しましょうね。」

 バーンは、いつまでもこの母親の手を握り、語り合っていられるなら、毎週でも実家に帰るのだ、と、説教部屋の扉を見上げた。物心ついた時から、わたしは、じいに呼び出されては、長い廊下を歩き、この居間の前に立っている、母にすがってきた。母は、一通りわたしをなだめ、そして、ドアノブに手をかけて言うのだ。

「さあ、バーン。お入り。父上がお待ちですよ。」

死にたい。ああ、当家の家風なのだ。騎士道を教わる、父と子の部屋には、女は入れないのだ。子供の頃には、母上が、一緒に入ってくれたらいいのに、と思っていた。だが今日は。

(そうだな。昨夜の一件は、母上のお耳には、入れたくないことだ。またそれ故に、本日の説教部屋の扉は、かように重い。地獄だ。ああ…)

 広い居間に、足を踏み入れたバーンは、床に敷かれた赤茶色の絨毯を見て、つまり足元しか見られなくて、

(この絨毯も、変わってないな)

と、現実逃避してみた。自分の背後で、重かった扉が、ばーん、と閉められた。頭を下げたまま、バーンは小さな小さな声で、父に参上の挨拶を、言った。

「…父上。バーン・バニングス、只今帰還致しました…」

その瞬間、バーンの頭頂部の前方から、重厚にして恐ろしい、老人の大声が。

「バーン・バニングス、士道不覚悟なり!!」

ヒィイイイ、出た。士道不覚悟。これは、父上が最高に怒っている時の決め台詞だ。ラース・ワウでの威風堂々たる騎士団長は、ここでは、小便ちびりそうなこせがれと化した。オドオドと、顔を上げたバーンは、父、バニングス卿が、長椅子に腕組みし、座っている姿を、数年ぶりで見た。

 バニングス卿の風貌は、こうである。

 バーン・バニングスが還暦になったらこんな感じ。

顔立ちも、体格も、髪と瞳の色も、まるで同じ、そっくりである。瓜二つである。クローンである。髪型も同じ、肩甲骨まで伸ばした長髪に、もみあげが長く頬に伸びる。ただ違うのは、父親のバニングスさんには、髪と同じ色の、口髭と顎髭があることである。もみあげは、顎髭に連結している。青ひげ燃える、地獄のサンタさんである。

「バーン!その方、病気の母上を見舞うこともせず、よくも長年、家に帰らんと、いかなる所存であるか、この不心得者めが!」

「はい…ち、父上…すみません…」

「なんだその返答は。ハイ!と気をつけい、男はいつでも腹から発声、ハイ!」

「ハイッ、父上。い、戦もありまして、軍務多忙に尽き、ご無礼を致しました。」

「この馬鹿者が!戦ならなおのこと、初陣の戦勝報告は、ドレイク様の次は即、両親にするものであろう。ケミ城戦役の折り、母上が、お前の無事を按じて、どれほど心を痛めたと思っているか。それをあのような短き手紙で済ますとは。騎士道を、なんと心得るかぁーッ!そしてその方、父があれほど、書道を学べと言い聞かせたにも関わらず、なんであるかこれらの手紙の、拙きこと極まりない。いい歳をして、幼児のような汚き字、殴り書きと草書とは天と地ほどに違うのだ、それを、まるでわかっておらぬとは、なんと、なんとーおぅぅ、情けなきことか、かような文字を書いておって、この先、ドレイク様の外交のお供が、務まると思うてかぁッ!」

この調子で、バニングス卿は、およそ2時間に渡り、息子に説教をし続け、本題が見えてきたのは、正午すぎであった。その間、バーンは、居間に入って来た時点の位置に、直立不動である。

 怒鳴り続けていたバニングス卿が、ほう、と息つぎをして、髭をなでた。気をつけのままの息子は、これが、説教部屋の、本日のメインエベントの前兆だとわかっていた。いよいよ、あの話しか…死にたい…

「バーンよ。おまえは、おまえという者は。」

地獄のサンタさんは、急に静かな口調になり、じっとバカ息子を睨みすえた。

「は、はい、父上…」

「聞いたぞ。」

「…な、なにをでしょうか…」

「とぼけるでない!!おまえぇ…わしの許可を得ず、女を作ったであろう!」

バイストン・ウェルに宗教があったなら、バーンはこう思ったであろう。この世には、神もホトケもないのか、と。

 今回はどんな折檻だろうか。

9歳の時、若い女の召使いに、わたしは、なつきすぎて、つい、オッパイ触ったりしていたのがバレた時は、たとい平民であろうと婦女子にイタズラするとは士道不覚悟と言われ、庭木に一晩はりつけの刑。
11歳の時、射精の意味がわからず、汚した下着を母上に見せ、病気になったみたいですと相談したのがバレた時は、たとい母親であろうと白いのの始末を女性に頼むとは士道不覚悟と言われ、お尻を鞭打ちの刑。

先に教えろよ…バカ親父が…とにかく、わたしのうちは、そういった方面の躾が半端でないのだ。

 息子は、極刑覚悟だなと思っていた。すると、この説教部屋にあっては、常に直立不動を要求されてきたバーンが、生まれて初めての、父の言葉を聞いた。

「バーン。バーンや。これへ、座れ。」

「えっ?」

「わしの正面の、この椅子に、座れ。よいから。座れと言ったらすぐ座らんか!返事は!」

「は、ハイッ」

何事だろうか。食事や、この居間以外の時ならば、着席を供にはしたが、説教部屋で座れとは?

 膝に両手を置き、ビクビクふるえている、対座した息子は、驚くべき光景を見た。父は、

「ふ…ファーハッハッハッハ!」

腹式呼吸笑いをして見せたのだ。父が、この笑い方をするのは、心底愉快な時だぞ。とバーンは、青色の眉毛を、三角にゆがめ、怪訝に思った。バニングス卿は、ハッハッハと笑い、そしてまた一息ついて、静かに語り始めた。

「バーン。よいか、この件は、母上には内密だ。たまたま、知ったのがわしだったから、穏便に済ませてやることも、できるのだ。男同士だからだ。わかるか。」

「ええ…はい…なんとなく、わかります。母上には、はい、おっしゃる通りです。」

「ふむ。その方も、そういう年齢になったのだな。わかるぞバーン。わしとて、ハタチ代の頃には、現在のお前と同じように、日々此れ、煩悶また煩悶であった。若いのだから、仕方なきこと、これ、座り方がちゃんとしておらぬぞ。猫背になっておる。背筋を伸ばせーい。」

「は、はい…」

「だがな。」

やっぱり叱られる。

「お前は、某女性と密通しておったようだがっ。」

「・・・・・・」

「先方に迷惑をおかけするような行為は、慎まねばならぬ。そういう年齢になった者ならば、なおさらだ。この点、わかっておろうな。返事は!」

「は…はい、礼節には、き、気をつけております。」

「うむ。礼節を踏んだ密通であったならば、見逃そう。だが、そは、あくまで密通である。密通で遊んでおられるのも、まだ若いから許されることなのだ。わかるか、バーン。」

よくわからない。バーンは、青い眉毛を、ますますゆがませた。密通がバレたから、叱責されるとばかり思っていた。それが、密通ならばよいとは?バニングス卿は、ゆっくりと語り続けた。

「本日を限りに、その方は、身をかためる道に踏み出すのだ。遊びの関係は、早々に清算せよ。」

「…は?…???…ええ、あの…か、関係は、もうないのです、父上、どうか、お許し下さい!」

「西の森とは、縁を切ったのだな。」

クローン親父に、女の話しをされると、ウスラ気持ち悪いな。しかし、なんだか、構えたほどには、叱られないじゃないか。

「は、ハイッ!既に。早々に。お、終っておりますので、どうか、お許しを。」

「ふむ、では、その件は許す。改めて、本日は、バーン、その方に重要な話しがあるので、呼びつけたのだ。ドレイク様がな、先だって、わしに相談があると、手紙をよこされてな、それがこれなのだが、」

バーンは、ロゼルノ夫人のことが、案外すんなり終ったので、すっかり安堵しており、ドレイク様と、我が家との重要な話しなんて、たいした問題ではないと考えていた。

(ハァーッ、なんだ、全然、大丈夫だったじゃないか。父上も、話しのわかるお人だったのだな。そうか、この部屋で、座れと言われたのは、わたしを、大人になった男と、お認め下さったからなのだ。そういう方面には、まるで四角四面な父と、思っていたが、わたしもいい歳になったと、笑って許してもらえるとは、意外だが、嬉しいことだ。)

 青い髭のバニングス卿は、ルフト家の紋章が、透かし印刷されている、白い便箋を手に取り、にこにこサンタさんとなって、息子に、こう言った。

「でかしたぞ、バーン!我が息子よ!」

(その上、誉められた。今日は、この恐ろしい暴君が、なんと優しいことか?ふぅん、ドレイク様からの正式な手紙か。父上を、えらくご機嫌にして下さったのは、ドレイク様らしいな。)

「我が旧友にして、主君である、ドレイク・ルフト様が、その方を、リムル姫様の正式な婚約者にしたいとの、お申し出だ!喜べ、領主の婿であるぞ!」

 その時、バーン・バニングスは・・・・・・・・・

エポケーした。

 <エポケーの意味は、第1章を御参照下さい。>

 


 同日、午後。ラース・ワウ城を見上げる尾根に、オーラ・シップ、ブル・ベガーが停泊している。その青い甲板で、数人の下級兵たちが、班長の指揮の下、点検・清掃の業務を行っていた。強面の班長は、下っ端たちを叱りつけている。

「そこ!配管の点検は慎重にやれよ。不備があったら、俺が責任取らされるんだからな。おい、そっち!雑巾がけは隅まで、手で拭くんだ。四角い所を丸く拭くな、ばか!うすのろ!」

そこへ、この艦船の艦長となった、ミズル・ズロムがやって来た。怒鳴り散らしていた班長は、とたんに気をつけの姿勢になり、紫色の制服を来た、前・騎士団長にて、ドレイク軍随一の軍参謀閣下に対し、

「ミズル艦長に、敬礼!」

と、緊張した面持ちで、号令して見せた。雑巾を手にしていた数人の部下たちは、即、班長にならった。ミズルは、重々しい口調で…軍務にあっては、常に重々しいミズルであるが、殊更、威厳ある低い声で、

「御苦労である。艦の運行の安全は、その方らの、地道な作業に、大前提を拠るものである。しっかり頼むぞ。」

と、言って、オーラ・バトラーを収納する予定の、その甲板を通り過ぎて行った。船倉の奥へ入って行った艦長の姿が、見えなくなると、班長は、また、

「おい、わかったか!俺はだいぜんていの責任者だ。お前ら、言う通りに動け!おい、お前、ぼさっとするなよ」

と怒鳴って、そばにいた下級兵の尻を蹴った。蹴られた、下級兵は、別にぼさっとしてはいなかったのだが、

「はい、すみません。」

と静かに言い、床に這いつくばり、雑巾がけを続けた。船倉の奥に消えたと思われたミズルは、舞い戻り、ドアの隙間に隠れて、じっとその様子を見つめていた。

(ああ、お尻をあんなふうに蹴られて、痛いであろう、おお、我慢しておる、なんとけなげなのだ、なんと真面目に上官に従っておるのだ。ああ、素手で雑巾なぞを持たされて、かわいそうに、赤ぎれにならないであろうか、せめて、ここの清掃班にはモップを支給しよう、そうだそうしよう、おおう、おろろんおろろん)

と、独り、嗚咽していた。

 ドア陰のミズルに、尻を向けた、班長に尻を蹴られた下級兵は、艦長がそこに隠れていることを、空気の匂いで悟っていた。

(僕のいる所に、わざわざ来ないでよパパ。そんな心配そうに見てなくっても、大丈夫だって!ってゆっかー、迷惑なんだよなァ。パパは、打ち合わせ通りに、出来るかな。僕の足手まといにならないか、とっても心配さ。パパって、自分ではポーカーフェイスのつもりらしいけど、思ってることがすぐ顔に出ちゃうのさ。だから、なるべく軍内では顔を合わさないようにしてるのにさ。あーもう、まだ見てるよ。早くあっち行ってよ、パパ。)

 ドア陰のパパこと、ミズル艦長は、まだ

(おろろんおろろん。おう、かわいそうに、あのようにコキ使われて。あの班長め、なんたる威張った態度か。自分の部下が、ズロム家の御曹司と知らぬとはいえ…ウチの子を蹴飛ばすとは…おのれ鬼班長、機会があったら左遷してやる…そうだ、寄宿舎では、いじめられてはおらぬであろうか、夜は冷えないであろうか、せめて下級兵の寄宿舎に、分厚い毛布を支給しよう、そうだそうしよう。うう、おろろん)

と、独り、嗚咽していた。

 


 同日、午後のお茶の時刻。ハリエット・バニングスは、南向きのテラスで、久しぶりの、親子3人のおやつを楽しんでいた。丸テーブルを囲む、夫と、1人息子の顔を見比べて、

「バーンは、だんだんお父様に似てきたわね。わたしが、お父様に初めて会った時、あなた、おいくつの時だったかしら。バーンと同じぐらいでした?」

青髭に紅茶茶碗をあてがい、髭の中へと紅茶を流し込むバニングス卿は、ごほんと咳込み、

「22、3にはなっておったかな。いや、もう少し年長だったかもしれん。それより、本日は次世代の、めでたき日だ。こやつはたいした者よ、リムル姫との縁談を、ドレイク様の方からお申し出いただけるとはな。ハリエット、こやつは嬉しすぎて実感がわかぬと見えるのだ。これ、このように、さきほどより呆けておる。ファーハッハッハッハ!」

バーン・バニングスは、まだエポケーしていた。母は、息子の小皿にパンケーキを盛り付けてやりながら、

「バーン?どうしたの。ほら、あなたはこれが好物でしたでしょう。糖蜜をもっとかける?」

母が焼いてくれるおやつの香りで、少し我に帰ったバーンは、ええ、はい…と、口篭もり、その口にパンケーキを押し込んだ。

甘いな。わたしの好きな味だ。母上が作って下さるパンケーキに、我が家の領地で生産している、糖蜜。甘い、蜜の味だ…蜜か。これは母上の味であり、優しき女性の味わいだ。

(女性と、婚約だと?リムルと、わたしがか。いや、リムルであろうとなかろうと、これが、意味しているのは、わたしが、慮外の女を娶るということだ。)

 ハリエットは、パンケーキを頬張る息子が、婚約に乗り気ではないことを、先刻見抜いた。父親の方は、腹式呼吸笑いの息つぎに演説を続けている。

「とは言え、バーン。現時点では、正式なお付き合いをしたいと、ドレイク様から、我が家に申し出をされた段階である。お前に教えてきた通り、騎士道精神にのっとった婚約は、男同士の話し合いが先であるからな。ドレイク・ルフト様本人が、バーン、お前に対して、受諾してほしいと、お願いをされているのである。勿論、当家としては願ってもない縁談であるから、わしからドレイク様へは、快諾するとお返事しておいた。今夜、ドレイク様が、直々に、バーンにお申し出をされる予定なのだ。」

バーン・バニングスは、パンケーキを喉に詰まらせ、うつむいた。今夜の行事とは、皆の前でそれを行うことだったのか。皆のおる前で…副団長も列席する…

バーンは、テーブルを囲む、両親の顔を見比べた。我が、父と母とは、相思相愛で結婚した夫婦だ。わたしが、リムルと、このように、何十年も仲睦まじく暮らせるだろうか。そもそも結婚とはなんだ。考えたこともなかった。

だってわたしには、好きな女を…ガラリアを、愛する資格すら、ないのだ。

 そこへ持って来て、慮外の婚約だと。騎士道の婚約が、お館様、ドレイク・ルフト対わたしの取り決めだとは言え、事実上は、父親同士が、もう決定している。しかも、身分の低い男の方から、姫様との婚約を、断るなど許されない。

(いや、断るとか、受諾するとかではない。婚約も結婚も、もとより女は、わたしの思う通りには、ならないのだ。わたしはアトラスから、彼女を奪うことができなかった者だ。

 ガラリアには、すっかり嫌われてしまっているのだから…

なにもない。わたしには、なにもない…わたしは、我が両親のような、幸福な夫婦となれる運命から見放された者なのか?このまま流されていいのか…喉から、手が出そうなほど、愛し狂っている女性は、彼女以外にはおらぬと言うに!)

 ハリエットは、苦悶する息子を、心配そうに見つめた。鈍感なバニングス卿も、ようやく、息子が、うかぬ顔でいるのに気がついた。

「バーン。いかがした。元気がないようであるぞ?」

母も問い掛けた。

「バーンや…あなた、もしかして」

女親とは、男親よりも、感情問題に対して鋭敏なものである。はたして、バニングス家のテラスにあっても、ハリエットが、問題の核心を突く言葉を吐いた。

「もしかして、あなた。好きな女性が、いるの?」

丸テーブルに付く男2人は、心中でヒィィーッ、と悲鳴をあげたが、お父さんの方は

(まさか!イザベラ・ロゼルノのことを、見抜くとは!)

であり、息子さんの方は

(まさか!ガラリア・ニャムヒーのことを、見抜くとは!)

という相違があり、ハリエット・バニングスが指摘したのは、後者の方であった。つまり、実際に褥をした<事実>ではなく、我が子が、心より好きな女性はリムル・ルフトの他にいるのだ、という<現実>の方である。

 バニングス卿は、息子との、内緒の話しを妻に悟られてはマズイと焦り、わざとらしい腹式呼吸

「フア、ファハッハッハ。なにを言うか、他に、お、女とか、そのようなことは、ない、のう、ないよな、バーン、バーンや。あるわけなかろう、のう、ないと言え。ハ、ハハハ」

どうしてだろうか、男性とは、およそ色恋沙汰に関する演技力が、女性のそれに比して、大根役者であること、はなはだしいのである。夫の態度から、ハリエットは、息子には意中の女性があるのだ、とはっきりわかった。勿論、愛人の有無ではなく、バーンが戸惑っていることの方が、母親には心配なのである。大根夫は放置して、ハリエットは、再度エポケーした息子の肩に手を置き、優しい声音で問い掛けた。

「どこの娘さんなの?お付き合いは、しているの?まあ、困ったこと。この国で、リムル様より高位の娘さんはいませんもの、うちから御領主様にお断りするなんて、できないし。まあ、バーン…いいひとがいるのなら、先にお父様、お母様に報告すればいいじゃない。そうすれば、うちから、先様(さきさま)のご家族に、お付き合いをお願いできたのよ。かわいそうに、思いつめているのではなくって?バーン。」

バニングス卿は、妻を叱り付けた。

「黙りなさい!ハリエット、これはドレイク・ルフト様と、わしとの約定であるぞ。万一、こやつに、他に、女がおったとしても、正式な付き合いは、決まった1人としか、してはならぬ!これが騎士道である。わかっておるな、バーン!」

 バーン・バニングスは、自分の気持ちを思いはかってくれる母と、なにもわかってくれていない父に囲まれ、

(あきらめるしか、ないのか?)

己が宿命を、悲嘆した。母上、わたしの好きな、娘さんには、家族がないのです。そして本人に、付き合いを申し出ることも、想いを告げることも、わたしにはできないのです。しては、ならない、さだめなのです。バーンは重い口を開いた。

「母上、ご心配には及びません。わたしには、付き合っている女性など、おりません…父上、夕刻が近くなりましたので、そろそろ、ラース・ワウに戻ります。お館様の謁見には遅刻できませんから。」

 馬上のバーン・バニングスは、懐かしい自分の家を、振り返りながら、立ち去った。草原の彼方に、平屋の邸宅が小さくなるまで、邸宅の子息は、何度も、振り返った。

「わたしの個人的な悩みで、病気の母上に、これ以上ご心配をおかけすることはできない。あの父上には、なにも相談できはしない。アトラスとの決闘で、負けたことを、知られたら、なおのことだ。討ち死にした敵兵の、婚約者だった娘を娶るなど、父上、あなたに教えられた騎士道こそが、許しはしないのだ!」

 来た道を帰るバーンは、ガラリアと出会った丘を、今度は駆け足で走り過ぎて行った。丘にたくさん咲いている、白い小さな花々が、ひずめに蹴られ紙ふぶきのように舞い散り、青い髪の騎士の名をうたった。

 白い花びらが、バーン・バニングスと、ガラリア・ニャムヒー、この丘で出会った青い髪の、2人の名を、うたった。空中に舞い踊っていた花びらたちは、音もなく風に流され、彼方へと消えていった。

 


 同日、夕食時。ラース・ワウ城内の、大広間に集合した、この城の要人ら、数十人。彼らは整列し、お館様のおなりを待っていた。皆、夕食前なので、おなかがすいたな、なんの用件だろうかと思っていた。ドレイク専用の玉座のわきには、ショット・ウェポンも、ゼット・ライトも立っている。

ショットは、わけ知り顔ですましており、列の末尾に立つ恋人、ミュージィ・ポウに視線を向けることは、ない。

ゼットは、頭の中で、今夜中に、試作機である、オーラ・バトラーの図面を仕上げてしまおうと、仕事の段取りについて考えながら、時々、同列にいるガラリアをちらちら見ていた。カワユイなあ、ああガラリアたんの白いほっぺた。ベロベロ舐めまわしたい。

ピンク色の制服を着た、副団長ガラリアは、ミズル・ズロムの隣りに立っている。

「ミズル殿。バーンがまだ来ておりませぬ。騎士団長のくせに、遅刻です、遅刻。けしからぬ奴ですな」

と、得意げに鼻をならすガラリアに、ミズルは、眉をよせ、目を閉じてこう言った。

「バーンは後ほど現れるはずだ。」

なんだと?だってお館様がおなりになるというのに、臣下である我々が先に揃っていなければ、儀礼に反するのに、なにゆえです、とガラリアがミズルに尋ねようとしていたら、ドレイク・ルフトがやって来た。

 今夕のドレイクは、領主が着用する丈の長い礼服姿で、片手にエツを持っている。

<エツ:バイストン・ウェル特有の動物。杖の形で、杖の役目をするが、手を放すと、コモンが見ている前でも、自由意志で飛び回る。身も蓋もないネーミングだが、これは筆者のせいではない。>

「皆の者。空腹時の集合、御苦労である。今宵は、皆にひとつ、賭けにのってもらおうという趣向である。」

機嫌の良いドレイクが、含み笑いを見せながらこう言うと、いかにも予め打ち合わせしました風に、ショット・ウェポンが、スラスラと口上を述べた。

「賭けとは。賭博でしょうか?金子などを賭けるより、わたしは、ドレイク様に生命を賭けて働くことを望みます。」

ガラリアは、なんだショットめ、わざとらしい。お館様も、ミズル殿を差し置いて、よそ者のショットなんかに、こういう台詞を言わせるのは、いかがなものか。とブツブツ思っていた。衆目の中、ドレイクは話し続けた。

「賭けるものは、今宵の夕食である。おい、これへ。」

ドレイクが、エツを振り合図すると、奥廊下へ開かれた出入り口から、大勢の召使いが、お盆を持って出てきた。お盆には酒や、グラスや、色とりどりのご馳走が乗っている。ガラリアはじめ、歳若い部隊長たち大勢は、おう、うまそうだ、賭けってなんだろうかと、ざわめいた。

すると、お盆の召使いたちの末尾に、ルーザ・ルフトがついて来ており、領主の妻は、さかんに、自分の後ろにいる、娘リムルをせかしている。姫様は、また、ぐずっているようだな。リムルが、こういった行事の席に出たがらないのは、幼少時より、相変わらずの光景なので、ガラリアは気にもとめなかった。

 うなだれて、壇上に上ったリムルは、本日、父親に<賭けられるもの>が、皿に盛られた料理ではなく、自分自身であることを、知っていた。そして言わずもがな、憤懣やるかたなかった。ついさきほどまで、廊下で、母ルーザに、涙ながらに抵抗していた。

「いやです!お母様、わたしは、ニー様をお慕いしているのです。わたしをニー様に引き合わせたのは、お父様とお母様ではありませんか!そしてわたしたちは愛し合っているのに、それを、今度は、別人と婚約だなんて、いやです、お願いです、こんな婚約、いや!しかも、よりによってあの人が相手ですって!大嫌いです、わたし、あの人だけは、いやです!」

ルーザは、数日間に渡り、このリムルを、頭ごなしに叱り、言うことを聞けと、命令してきた。しかし、婚約発表の廊下に至ってもまだ、暴れて逃げ出そうとする、一人娘に、ルーザ・ルフトは、娘に、初めて、<同じ女の顔>をして見せたのである。ふっ、とため息をもらし、少しだけ笑い、娘の手を握り、静かにこう言ったのである。

「お聞き、リムル。いやだと思っても、我慢しなければならぬことがある。よいか…自分の想う相手と、添い遂げられる女など、世の中には、そう多くはいないのだ。」

リムルは、こんなふうに、親しげに語る母は、初めてだと思ったが、17歳の、恋に夢見る乙女は、母の言わんとする真意が理解できない。その真意とは、夫をたばかる悪女という意味ではない。そも、結婚と呼ばれる制度を、利用せずには生きていかれないという、常に仮面を被って生き抜く、女の真意である。

「だって、お母様は、お父様と駆け落ちをなさったのでしょう?自分で選んだ好きな人だったのでしょう。なのにわたしには、いやな相手と婚約しろと言うのね。おかしいわ。」

17歳の娘にこう言われたルーザは、寂しげに、目を伏せた。閉じられたルーザの眼は<遠くを>見ていた。

「…自分で選んだ道だからこそ、後には引けぬのだ…」

「えっ。どういう意味です?」

ルーザは、ふふ、と笑って、また表情を変え、いつもの、女狐ルーザ・ルフトの顔に戻った。本心を、少し娘に語ってしまったが、この子には、まだわかるまい。リムルに背中を見せ、母は、本心からではない甲高い笑いをあげ

「ほっほっほ!リムルや。お父様は、一度決めたことは、少々では曲げないお方。今日のところは、合わせておやりなさい!形だけのことよ。」

母に、形だけ、と言われたリムルは、そうね、だったら、立ち居振舞いだけ、やってあげるわ。わたしの心はニー様にある。これは、なにがあっても決して、変わらないのだから。と…ルーザの読み通り、17歳の姫は、まだ、女の恋が歩むであろう道を、理解できていなかった。

 大広間の壇上に、ドレイク、ルーザ、リムルが立ち並び、部屋の中央に、入り口から玉座へと真っ直ぐに敷かれた細長い、赤い絨毯。これをはさんで、左側に、ご馳走のテーブル、右側に、ガラリアたちが並んだ。ドレイクは、愉快そうに、エツを振った。

「馳走が揃ったところで、皆に問うとしよう。今宵、これにある、娘リムルに、正式なお付き合い、即ち婚約相手が、できるかどうか?これが賭けである。」

皆が、どよめいた。リムル姫の婚約相手とは、即ち、ここルフト領の後継ぎ、次代の領主になる男という意味である。領内に住む若い男たち、誰もが、望み手に入れたいものである。続けてドレイクはこう言った。

「わしは、我が娘婿として望ましき男に、リムルを娶ってくれるよう、申し出を致す。その男が、これを受諾したなら、皆で、この馳走をたいらげるがよい。受諾されなければ、馳走はさげてしまう。ハハハ!ま、つまりだ、婚約発表後の、宴会であるな。どうであるか、皆の者、この賭けにのるか?」

お館様本人が、ハハハ!と笑っている通り、要するに、なしくずし的に宴会突入の算段であることを、理解した皆は、お館様のハハハ!と一緒になって笑った。申し出をする方、ドレイク。そして受諾するであろう男が、誰であるのか、見当がついていない者が、この部屋に、たった1人だけ、いた。

 アの国一番の鈍感ムスメこと、本編のヒロインである。ガラリアは

(フゥーン。とうとうリムル様が婚約か。姫様が、ニー・ギブンと密通していることは、暗黙の了解であり、我が軍と敵対するギブン家との、火種のひとつとなってしまっているが、ドレイク様は、別の男をあてがって、ニーと姫様を引き裂こうというお考えかな。ま、なんにせよ、私の生活には、さほど関係なきことだ。)

こんなふうに、のん気に構えていた。あくびをかみ殺しながら、ガラリアは、続くドレイクの言葉を聞いた。

「皆の者には、依存ないようであるな。では、婿殿を呼ぶとしよう。バーン・バニングス!入れ!」

 その時、ガラリア・ニャムヒーは…

 


 大広間中央の扉が開かれ、赤い絨毯を、橙色の制服姿で歩いてくるバーン・バニングスは、背筋をのばし、まっすぐにドレイクを見てやって来た。今、そのバーンを見ずに、ガラリアを見つめているゼット・ライトは、くぼんだ目を細めた。

(かわいそうになぁ…俺のガラリア。あんなに、ショックを受けてる。好きなんだもんな、貴女は、あいつのことを。悔しいよ!俺は、貴女を好きなのに、貴女は、そんなに青ざめるほど、あいつを愛しているんだね。俺は、貴女の、なんの助けにもならない男で、ごめん。…今にもくずおれそうな貴女を、抱きとめてあげられない男で、ごめんよ、ガラリア!

 


<次回予告>

BGM ♪ちゃらららっ ちゃららららっ♪

もうすぐ、ダンバインが登場するさ!
でもさ、月下の花のことだからさ、
オーラ・バトラーの、かっこいい~戦闘シーンはないからさ、
そっち方面は、期待しないでね!戦雲がショウを呼ばないさ!
じゃっ、またねぃ。

 

2004年3月6日