ガラリアさん好き好き病ブログ版

ここは、聖戦士ダンバインのガラリア・ニャムヒーさんを 好きで好きでたまらない、不治の病にかかった管理人、 日本一のガラリア・マニア、略してガラマニのサイトです。2019年7月、元サイトから厳選した記事を当ブログに移転しました。聖戦士ダンバイン以外の記事は、リンク「新ガラマニ日誌」にあります。

小説「塀の中」第1回 翡翠王

彼女が物心ついたとき、その大きな瞳を、世界へと開いたばかりの時期には、彼女は、いわゆる平和な家庭に暮らしていた。彼女は、自分を、平凡なこどもだと思っていた。

彼女の住まいは、箱庭に面した、清潔な住宅であった。広い室内は、白い壁紙に覆われ、いつもきれいに片付けられていた。食卓には、白いテーブルクロスがかけられており、その布は、少女が食べこぼしをするたびに、つまり毎食ごとに、洗いたてのものと交換された。テーブルクロスの上には、温かいスープや、色とりどりのお菓子や、箱庭で摘まれた花々が、金箔に縁取られた陶器に入れられ、並べられ、少女は、好きなだけ、ご馳走を口に放り込み、生け花を手にとって、花占いをすることができた。

赤子から、ようやく幼女へと、変貌を遂げたばかりの彼女は、白や、青や、桃色の花弁をちぎっては、覚えたての言葉を、口に出してみた。

「ひぃとつ、ふぅたつ。わたし、あなた。わたし、あなた。ひぃとつ、ふたぁつ。おそと、おうち。おそと、おうち。ひぃとつ、ふたつ…ふたつのむこうは、なぁに?」

少女の家には、おおぜいの、大人の女がいた。その人数の多さを、少女は不自然だと思うことは、なかった。テーブルクロスを交換する係りの女が、少女の問いに答えた。

「ふたつの次は、みっつで御座います。」

しとやかに、大人の女たちは、少女1人を囲んでいた。いたって大事に、ひどく慎重に、その子供を育てていた。少女は、住宅と箱庭の、外に在る世界を知らずに暮らしていた。

<外>という概念をも、持たなかった。

庭の端にある、外界と少女の世界を仕切る塀は、よちよち歩きの彼女の瞳には、天まで届くほどの高さに映っていた。

「天は、エ・フェラリオの住む世界で、我々コモンは、羽を持ちませぬゆえ、そこへ行く事は叶いません。ですから、バイストン・ウェルの地面とは、足で歩いて行くことのできる、はじっこまでなので御座います。」

 ある日、少女に絹の靴下を履かせる係りの、年老いた女が、こう言った。5歳になった頃の彼女は、

「そうか。」

と、答えた。歩いて行くことのできる場所までが、世界。ならば、彼女の世界とは、塀に囲まれた、住宅と箱庭だけであったのだ。

 幼年期にあって、ひとは、自分の置かれた環境を、普遍的な世界だと認識する。狭い家庭内で、狭さとはなにか、を、知らず、子供は、

「自分の生活と、同じように、世界じゅうのこどもが過ごしている」

と、思う。

「自分が感じていることと、同じように、世界じゅうのこどもが感じている」

と、思う。自分の環境が特異だとは思わない。これは、子供が、自然に持つ感覚である。この少女は、そんな多くの子供たちと同じく、平凡な子であった。確かに、彼女の感性は、至極、凡庸な者のそれであった。

10歳に満たない頃の彼女は、自分の家にいる、女たちの身分が、下女であることを、知らなかったわけではない。ただ、それら、賎の女(しずのめ)が、自分の着替えを手伝い、お風呂に一緒に入って、髪を洗ってくれるのは、その甲斐甲斐しさの所以は、自分への愛情であると、思っていた。そう、母親というものが、そうであるように。

翡翠色の髪の毛が、背中まで伸びた頃の少女は、苔むした月山に登り、そして降り、ふもとにある池を、覗き込んだ。水面に映る自分の瞳、赤銅色に耀く虹彩を見て、彼女はつぶやいた。

「みなは、いつも、言う。シーラさまは、かわいらしいと。シーラさまに会う者は誰でも、わたしのことを好きになります。と、言う。」

 子供とは、愛されたいという、欲望のかたまりとして生まれ出る。シーラ・ラパーナの幼年期は、人間の、生来の欲望を叶えて、有り余る環境にあったと言ってよいだろう。少なくとも、シーラ自身が、「自分は、誰にでも愛される人間だ」と思っていたのだから、彼女に言わせれば、この家は、幸福に満ちた空間であり、幸福であることが、彼女の日常の、当然であったのだ。

 ナの国の王女、シーラ・ラパーナには、母親がいなかった。シーラの母は、初産でシーラを産み落とすと同時に、息をひきとった。が、乳母の乳に育てられたシーラは、近習の女たちに囲まれた生活しか知らないシーラは、実母の不在を、さして寂しいと思うことなく、幼年期を過ごした。絵本(王女に与えられる書物は、厳正な検閲を通過したものに限られていたが)の中に登場する母親像は、身近にいる下女らの容貌と、さして変わらない。

「母上は、ご病気で亡くなられた、そうだ。相まみえること、かなわぬは、いたしかた無きこと。代わりに、わたしには、たくさんの母が、いる。」

と、検閲によって教え込まれた通りに、シーラは納得していた。いや、させられて、いた。

 


 シーラの育つ環境に検閲を施していた者、即ち彼女の父王は、後妻を持つ事を、ひどく嫌った。翡翠王と呼ばれたナの国王、シエンタ・カルサ・デ・ラパーナは、政務で忙しく、滅多に一人娘に会う事はなかったが、たまに、シーラを住まわす家、塀で囲んだ箱庭の家を訪れるとき、王は娘に、しきりに、こう語ったものだった。

「シーラよ。父は、そなたより大事なものは、この世には無い。そなただけが、朕の愛しき少女なのだ。よいか、シーラ、そなたは、将来、父の後を継ぎ、この国の女王となる宿命にある。なぜならば、朕が愛する娘は、そなたひとりであるからだ。」

王族のしきたりで、父であれ、我が子を、素手で抱く事はしない。数歩離れた壇上から、父に、こう言葉をかけられて、

「おお、美しきシーラよ。愛しき娘よ。いずれの日にか朕は、ナの国すべての領地と民人と、権威とを、そなたに授けよう。その日に至るまでは、ひたすら勉学にのみ、励むのだ。この宮殿の中で…朕の掌中において…」

シーラは、自分の生活でまみえる、唯一の男性に言われること、与えられたものすべてに、満足していた。

シーラにとって、<男性>とは、父であり、王であり、翡翠色の長髪たなびく、美男子であった。シエンタ・カルサ・デ・ラパーナの顔立ちは、シーラ・ラパーナと瓜二つ。この二人が、己が父を娘を、見やることは、鏡を見ると同義であった。そんな父を、彼女は、自分を愛するのと、同じ愛し方で、愛した。また、父王の見せる、下女への、徹底した無関心と、相反して強い、自分のみへの愛情のよせかたは、父=男性の、特性だと、シーラは思っていた。(つまり男性とは、自分を愛して、当然なのだと思った。)シーラは、言葉使いや、所作、行いのすべて、父の物真似をしようと、努力した。愛する父に、同化してゆくこと、だけ、に、彼女は歓喜を感じていた。

 シエンタとシーラは、髪の色も、茶水晶が如き瞳の耀きも、写し絵である親子。シエンタは、十代でシーラを授かったから、まだ二十代の、美青年であった。シーラ付きの下女たちは、この親子が会見するたびに、後妻も愛妾も持たず、翡翠色の長髪をたなびかせる青年国王を、燃え上がる熱情で見つめた。そして、ビロードの垂れ幕の陰で、ささやき合った。

「国王陛下と、シーラ様は、まるで兄君と妹君のようですこと!」

「いいえ、あのお2人は、恋人も同然ですわ。国王陛下は、亡くなられたお后様を、ひどく嫌っておられましたけれど、ご自分に瓜二つの姫君は、目の中に入れても痛くないほどの、お可愛がりようですものね。」

シーラが生まれた頃の宮廷事情を知らない、若い下女が、驚いて、尋ねた。

「あら?国王陛下は、お后様を、そんなに嫌っておられたのですって?どうしてですの?」

「あなた、それはね…」

「しっ!お黙り。」

年嵩の召使い長が、彼女らの口を制した。

 


王女は、ナの王城、ウロポロス城の、北の宮殿に住まい、高い塀で囲まれた中から、一歩も外へ出る事なく、10歳になろうとしていた。

しかし、伝統ある王室、ラパーナ家にあって、後継たる王女が、誕生の報より10年を経て、諸侯や国民はもちろん、王室に参勤する重臣にすら、一度も顔を見せないとは、異例であった。ある朝参の折り、老臣が、国王に進言した。

「シーラ様にあられましては、御年、10歳になられましたな。シエンタ陛下、われわれ大臣も、そろそろ、王女様の御尊顔を、拝し奉りたく存じます。」

王の目に、見慣れた年寄りが、こう言うと、続けて、見慣れない若者が、こう言った。

「陛下に、申し上げます。我々国民は、いっときも早く、王女様の、お元気なお姿を拝見したく思っております。王女様が、いまだ、ただの一度も、公式の席に出られぬとは、畏れながら、いささか不自然であります。このままでは、諸外国にも、いらぬ憶測を持たせる原因に、あいなりましょうぞ。」

シエンタ・カルサは、この発言をした若者に注視させられた。彼は、自分よりは年上だが、他の側近らと見比べれば、一段と若い、整った顔立ちの男だ。紫色の髪を短髪に刈り、白い礼服に身を包む、涼やかな若者が、初対面の自分に対して、ずけずけとものを言う様子に、王は嬉しい驚きを得た。シエンタ・カルサが、口を開くより早く、1人の、黒髪に白髪が混じる初老の重臣が、恫喝の声を、荒げた。

「その方!次官級の分際で、出すぎた物言いをいたすでない!しかもその方、今、われわれ国民は、と申したな。国民とは即ち平民、我らは、王室に仕える騎士階級である!自称して、国民などと言うとは、なんと下品な!」

ここで、翡翠王が、癇癪で黒髪が逆立っているその重臣の名を呼んだ。

「アスート・リンゼン卿よ。」

「ハッ」

卿と呼ばれた者は、即座に恫喝をやめ、うやうやしく礼をした。王は彼に問うた。

「朕は、この男はよう知らぬが、次官であるか。リンゼン卿、その方の部下か?」

アスート・リンゼン卿は、いいえ、自分の配下に、このような不埒者は1人もおりませぬと、声高に述べた後、

「これにあるは、文部次官に就任した、カワッセ・グーであります、陛下。」

紹介されたカワッセもまた、国王に、しずしずと、紫のこうべを伏せた。続けてリンゼン卿は、カワッセが、名門騎士のみが通うべき、士官学校に、奨学金制度を導入したという<悪行>や、平民の街に、無料の診療所を作ったという<悪行>を、国王に、くどくど説明したが、当のカワッセは、リンゼン卿の、意地悪い言い方を、まるで涼風が吹きぬけるのを感じるような、にこやかな微笑で聞き流している。

 シエンタは、カワッセ・グーという男に、興味を持った。

(変わった男だ。我が国で、最高位にある騎士、官房長官アスート・リンゼンに、こうも嫌味を言われて、涼しげに笑っておられるとは?なにを考えているのだろう、カワッセとは。)

若い王は、自分の幼少時から、頼りにしてきた重臣であるリンゼン卿と、目新しい部下、30歳代とぼしきカワッセ・グーとを、見比べた。政治的な興味ではなくて、シエンタは、ひたすら、個人的な興味で、男を眺めた。

 シエンタは、シーラを公式の行事に出席させよと言う、小うるさい会議を、早く終わらせて、カワッセという若者と、2人きりで話しがしたいと思っていた。

 ところが、シエンタ・カルサ・デ・ラパーナは、念願かなってカワッセと話したとき、すぐに彼に、失望した。カワッセが、既婚者であったからだ。しかも、細君はどのような女かと問うただけで、頬を赤らめたほどの、愛妻家だったからだ。

(なんだ、つまらぬ。)

カワッセを下がらせ、赤い絨毯の廊下を、歩きながら王は、心の中でつぶやいた。

(あやつも、他の男たちと同じか。女なぞを、抱いて、満ち足りる者の、気が知れぬわ…カワッセが、朕と同種の男であったなら、近習に取り立てるつもりであったが…朕の母は、朕の父と、褥を供にするような、ふしだらな女であった。朕の妻であった女も、朕に抱かれて、微笑を浮かべるような、ふしだらな女であった。女とは、褥を知った時点で、価値を失う生き物である。朕の<理想の処女>は、この世界に、ただ1人…朕の血を受け継ぎ、朕以外の男とは、けして接しない、永遠の少女、シーラ・ラパーナだけなのだ!)

 


 シーラの父は、娘に、自分の後継者になれと、望む一方で、娘が、自分以外の男の衆目にさらされることを、嫌ったのだった。為政者たれ、且つ、子供のままであれ。この、矛盾する要求を、娘に課すことを、父親の、当然の権利であると考えている。そして、この要求を、娘が享受することを、当然だと思っている。

 さよう、シエンタ・カルサ・デ・ラパーナは、男色のきらいがあり、その遠因は、女性不信に拠っていた。彼は、少年が経るべき、ある種の通過儀礼を、知らないまま成人した。(彼がそうなったのは、彼の娘と酷似した環境で育ったせいもあろう。)親にあてがわれた不愉快な女と、一通りの、褥の儀式を果たし、そして妻を、蛇蝎(だかつ)が如く、嫌った。自分の剣によって姦通し、孕んだ女は、忌むべき存在だが、自分の血を受け継ぎ生まれた子、しかも女の子とは!初々しいシーラを、清潔な白い布でくるまれたシーラを、翡翠色のうぶ毛のシーラを、初めて見た父王は、これぞ、己が積年の望みを叶える、唯一の少女だと思った。母とも妻とも違う、シーラ・ラパーナだけは、ただの女とは違う。

「朕の娘なればこそ、朕の理想であるに違いないのだ。」

(言うまでもないが、シエンタ・カルサは、妻が初産で苦しむ声を聞いてはいないし、シーラが、血まみれのへその緒で、実母の胎内と繋がっていたことも、見ていないから、知らない。彼はきっと、「シーラは、彼女をくるんでいる産着、この白き布から生まれた」とでも、思っていたのだろう。シーラを包む白い布は、彼の剣より放出された白いものを、受け止めてきた白い布きれと、識閾下で同一視されたのかもしれない。つまりシーラは、母体を通過せず、「父である自分から、直接生まれた」と。)

「理想通りの女性になるべく、朕はシーラを育てておる。幸いなことに、朕による教育を、邪魔したであろう妻は、死んでくれた!汚れた穴めが、己が血に飲まれて逝ってくれるとはな。これが天恵でなくて、なんであろうか。」

 シエンタ・カルサ・デ・ラパーナに見られる性質は、男性という性の、最も愚かな属性のひとつであるが、この小編を読む男性は、彼を「馬鹿な男だ」と客観的に正しく評価しつつ、「極端な男性像だ」と主観的に感じつつ、自分自身については、矛盾があるとも極端であるとも、認めたがらないのだろう。

 


ナの国は、長年に渡り培われた強固な軍隊と、王室を取り仕切る官房長官、アスート・リンゼン卿の手腕に依り、強国として諸外国に知られていた。国王シエンタも、政治軍略にかけては、才のある青年であった。王の才とは、軍を統率するに冷徹であること。規律、典範を尊ぶこと。翡翠王とリンゼン卿、この2人の、鉄の結束の下、ナの国の治世は、磐石なように見えていた。

最近、王室会議に参じるようになった若者、文部次官カワッセ・グーだけが、

「我が国の王室は、なにか、なにかが、おかしい…このままでは…」

と、調査を開始した。

カワッセ・グーは、リンゼン卿の配下である、近衛隊の兵舎を視察したとき、そこに集結する若者らの、ある共通性に驚いた。カワッセは、リンゼン卿に問い質した。

「卿よ、なぜに、近衛兵には…その、清童、しか、おらぬのでしょうか?」

五十代のリンゼン卿は、愛妻家カワッセを、国王と同様、軽蔑のまなこで見下し、

「当然であろう!ナの近衛隊は、シーラ様をお守りする任にあるのだ。あれら名門騎士たちは、聖なる王女、シーラ様のみをお慕いし、シーラ様の御為に、生命を投げ打つように教育しておる。さりとて、若いおのこのこと、ガロウ・ランが如き、よこしまな欲望に翻弄されぬように、統制せねばならぬ。我が近衛隊の、使命を遵守させるため、女どもと接触することは禁ずる!これが、隊の鉄則である。」

カワッセは、唖然とした。近衛隊員は、10代から20代の青年ばかりだ。彼らに、シーラ王女だけへの、操を捧げさせ、童貞でいる事を強いるとは、カワッセの感覚では、極めて異常である。加えて、聖なる!聖なる!と、わめく中年男の、赤ら顔の異様さ。

(リンゼン卿の、この癇症は、あまりに…)

文部次官は、最上官位者に謙譲しつつ、心配事を申し出た。自分の考えが、真っ当な男の心情であると信じて。

「されど、リンゼン卿。若者を、そのように、理不尽に縛っては、兵士間に憤懣が強まりませぬか。」

「理不尽とはなんであるか!我らが王陛下の王女、我らがシーラ様への忠誠より大事なものなど、近衛隊には無い!」

「いいえ、ただ…それは、政務であって、各人の、恋情でありますとか、婚姻等とは、かけ離すべきものではないかと、わたくしはそのように考えまする、卿。」

リンゼン卿は、なお怒って、これは国王陛下が定めた典範である、と怒鳴りつけ、去ってしまった。

 


 カワッセも、誰も、知らない、卿の、異様な癇症には、身体的原因があった。

アスート・リンゼン卿は、かつて妻帯者であったが、三十代で、はしかを患った際、褥をする事が叶わぬ体になっていた。女を従わせたいのに、女は、自分の体を、使えなくなった道具のように、侮蔑する。この強い劣等感から、妻に暴力をふるうようになった。不能である男は、女性に対する肉体的敗北を、腕力や権力でもって、補填しようとする。日々、殴られ、ののしられては殴られた、不能者の妻は、実家に逃げ帰った。

以来、リンゼン卿は、健康な若者が、褥をする事実自体を、内心、呪った。特に、卑しい女が、若い男に、歓んで抱かれる女こそが、心底、憎かった。風の便りに、逃げた妻が、若い男と再婚したと聞いた…おのれ、それがしを侮辱した、憎むべきは、褥好きの女だ!

 つまり、シーラの父と、リンゼン卿は、一個の共通性で結ばれた同志であった。

 官能的、或いは通俗的に成熟した女を、嫌悪する男。

一方は同性愛者で、一方は不能者であるが、これは男性性における特殊さを、なんら表現しない。王シエンタは、他国の君主から、賢王とは翡翠王の名よと、賞賛されており、リンゼン卿は、王の最も信頼厚い臣下だ。房中での、異能も、不能も、「男」の「社会的」権威を損なうことはない。

而して、愛すべき王女が、彼らに愛されるために、シーラは、永遠に、聖なる少女であらなければならない。シーラだけは、他の女と同じではない。常乙女(とこおとめ)である事が、シーラ・ラパーナに神聖美を持たせるのである。少なくとも、リンゼン卿配下の近衛隊士は、シーラに、そうあってほしいと願っていた。だって自分たちは、王女の処女を守るために、童貞を耐えているのだから…

ナの国の近衛隊士が思うことも、なんら、特殊ではない。地上の歴史に、女性君主への忠誠心(処女信仰)から、性交渉を律する組織や、宗教的禁忌の例は、枚挙に暇が無い。

 


 当のシーラは、11歳になっており、相変わらず、塀の中から一歩も外へは出られなかった。女性の家庭教師に、英才教育を施されていた彼女は、たびたび、先生に質問してみた。

「尋ねたきことが、ある。そのほう、にょしょうであるならば、知っておろう。月のもの、とは、なんであるか?」

中年の女教師は、非常に困った顔になり、オドオドと周囲を見渡す。そして、決まってこう言うのだ。

「申し訳御座いませぬ、シーラ様。そういったお話しは、シーラ様には、いたさぬようにとの、国王陛下からの、強きお達しなので御座います。」

「そなたもか。みなが、そうなのだ。召使いたちも、月のものの説明は、たれもいたさぬ。で、あるが、女は、」

「シーラ様!おんな、などというお言葉使いをなさっては、いけませぬ。」

「うむ、そうか。しかし…にょしょう、ならば、月に一度、放尿とは違うものが、」

「シーラ様!尿、などというお言葉は…」

「うむ、そうか。…そうであるな、かようなお話しは、父上が、お好みに、ならぬから…されど、若い召使いが、ときどき、椅子がどうとか、言っており、」

「シーラ様!椅子とは、家具の椅子のみを指す言葉であります。他の椅子 のことは、お口にお出しなさいませぬよう。でなければ、国王陛下が…いえ、そは、穢れ(ケガレ)と呼ばれる現象なのです。王室の姫君が、言の葉にされては、いけない事なのです…」

万事、この調子なのである。いくら、シーラが、深窓に隔離されているとは言え、女性となる日が近い年頃になって、いつまでも父親の人形であり続けられるわけがない。ないのだが、シーラは、英才教育という名の<洗脳>に拠り、人形であり続けることが、美徳なのだと思い込んでいた。

「なぜならば、父上が、わたしに、かくあれと、お望みになるからだ。きっと、月のものという、穢れは、わたしには、来ないのであろう。わたしだけは、他の女たちとは違うと、父上が仰せになられたから、きっと、そうなのだ。」

 今日も、シーラは、お供を連れ、箱庭のはじっこまで散歩をして、行き止まり、天まで届く塀を、見上げた。彼女の背は年毎に高くなり、それに伴って、彼女の視野も、広くなっていた。シーラは、塀の外に、父親の暮らす王城があり、そこには、会ったことの無い、父親以外の男性が、生きていることを、もう知ってはいたが。

 塀を見上げた、シーラは。

「・・・・・・・・・」

彼女は、何も語らない。

彼女は、何も見えない。

彼女は、何も知らない。自分が、ナの国で一番、不幸な「女」であることを!

 


だが、それを知る日が、唐突にやってきた。

 


 朝、絹のシーツの上で目覚めたシーラは、下腹が、刺すように痛むので、即座に、枕番の下女に、

「腹部に、痛みを感じる。わたしは、病気である。」

と告げた。専属の女医が呼ばれた。このとき、北の宮殿じゅうに、シーラが今まで、体感したことのない緊迫感が走り、その意味を、彼女は、下着の、ある部分の湿り気で感じた。

 湿り気からは、鉄錆の匂いがした。鉄錆は次第にどろどろと粘液質を持ち、シーラは、自分の身体の中心から、なにやら甘い、蜂蜜のように甘い、文字通り<甘美さ>が、股ぐらからどんどん出てくる感触を、はっきりこれは自分自身なのだとわかった。腹部に激痛を感じながらも、甘美である、鉄錆の匂いのするもの。シーラは、<死>を感じた。恐怖した。はっきりこれが自分自身であることに、恐れおののいた。この痛みと甘美さは、下賎の言葉でいう<おんな>だった。知っていた。シーラでなくとも、シーラであっても、<おんな>であれば、これがなんなのか、教師に親に、教えられなくとも、生まれつき、知っていた。

(わたしは、父上と同じでは、なくなってしまった。)

王女は、ベッドでふとんを被ったままの、自分の身体を、診察しようとする女医の心配顔を見て、

(女医を呼ぶべきでは、なかったのだ。わたしは、早計であった。)

と後悔しつつ、ふとんから首だけ覗かせ、何も知らぬかのように装った。

「何事で、あるか。ただの腹痛である。そのほう、なぜに、そのように震えておる。」

女医は、おびえた顔を伏せ、シーラのからだを覆う、白いふとんの、下方に視線をやり、オドオドと、こう言った。

「シーラ様…誠に失礼ながら、お下着を、拝見させていただきます。」

「下着とは。下履きの下着の方で、あるか?」

「さようで御座います」

「それは、拒否する」

「し、シーラ様、あのう…お通じが、ゆるくなられていた時にも、下の着物は、脱いで見せて下さいましたでしょう?あの、それと同じで御座います、診察のためで御座います。」

「拒否する」

「シーラ様…お聞きになって下さいませ、シーラ様にあられては、本日…」

「聞きとうない!」

大声で言い、王女はふとんに首をもぐらせてしまった。11歳のシーラは、自覚していた。

(これが、噂に聞く、月のものである。父上が、お嫌いな、穢れを持つ体に、わたしは成ったのである。下着に、赤い血がついた…血液を排泄する、忌むべき体、わたしも、下賎のにょしょうと、同じ体になってしまったのである!)

 


 北の宮殿で起きた<惨事>は、すぐさま、父王の耳に届いた。シエンタ・カルサは、この件に関して相談出来る、唯一の部下、官房長官アスート・リンゼン卿を呼びつけ、他の者に席を外させた。

 二人きりになった、男の若い方が、初老の男の膝に、泣き崩れて抱きついた。

「おお、リンゼン卿よ!怖れておった日が、かくも早く来てしもうた。我が王女の、血の道が通ったのだ!」

「おお、陛下!それがし、心より、お察し申し上げまする!」

シエンタ・カルサの同志は、娘が初潮を迎えた事に乱心する馬鹿親に、賛同して見せたが、続けて、こう言ったのだった。

「ですが、陛下、これは、良き機会でもありまするぞ。」

「なんの、機会であるか?なにが良きことであるか?シーラが、子供ではなくなったことなぞ、朕は信じぬ。見とうない、聞きとうないのだ。」

「畏れ多くも、シエンタ陛下。シーラ様を、これ以上、北の宮殿にかくまい続けるは、困難であります。陛下のお気持ちは、お察しいたしまするが、いつまでもこのままでは…王家として、諸侯に示しがつきませぬ。これは、確かに、家臣らが言う通りなので御座います。」

アスート・リンゼン卿とは、自身、不具者ではあったが、シーラの実の父親ではないから、彼女を政治的に利用したい欲望が先立った。加えて、カワッセ・グーに指摘された、近衛隊士の欲求不満問題が、卿の脳裏をかすめた。リンゼン卿が、いくら、シーラ様は美しい、聖女シーラ様の御為にと、口で言ったところで、その姿を見せないままでは、生きている童貞どもは、心底よりは納得出来ていない。

「陛下…これを機会に、シーラ様のお披露目をされては、いかがでありましょうか。王女様が、初潮を迎えられた折りに、社交界に出るのは、どこの国でも一般的な行事でありますし…」

「な、ならぬ。社交界だと!そのような、シーラには、まだ早い。まだ…」

するとシエンタ・カルサは、青ざめた顔を、更に暗くさせ、急に咳き込み始めた。様子がおかしい。

「陛下?いかがなされた?」

「…リンゼン…苦しい…喉が…声が出せぬ」

突然の体調不良を訴え、シエンタ・カルサは、リンゼン卿の前で、回らない口を走らせた。

「呪いだ、あれの、妻の呪いだ…おお、シーラが<女>になったからか?!いいや、違う、シーラは、シーラだけは、あやつら、汚らわしい女どもとは…違うのだ…」

 


さて、シエンタ・カルサの症状とは、単にヒステリー性の、一時的な失語症であって、侍医に熱冷ましを飲まされ、数日後には回復した。王が喋れるようになった頃、シーラの初潮も上がっており、女医に、月のものの医学的定義は、聞かされていたが、彼女にとっては、医学的=客観的事実よりも、「父上にどう思われるか」という主観的「乙女心」が勝っていた。大好きな男性は、わたしの、こういう部分のことを、わかって下さるのであろうか、と。

11歳の少女は、下着に、赤い色がつかなくなったのを目視して、一時は安堵したが、

(父上に、お会いするのが、怖い。わたしを、お嫌いになられて、会いに来て下さらなくなるのでは…)

 シーラの危惧は当たり、父王は、それより数ヶ月、娘に会いに来なくなった。その間、ラパーナ家の王女は、12回目の誕生日を迎えていたが、誕生祝いにすら、父は来訪しなかった。彼女は、自分に月経が始まった事が、父王を遠ざけたと思っていた。

シエンタ・カルサは、確かに、娘の初潮に動揺はしていたが、そもそも初潮の持つ、シーラにとっての(=女性にとっての)意味合いを知らぬゆえ、娘にどんな言葉をかけたらよいのか、それがわからずにいただけだった。数日、また数日と、北の宮殿行きを避けているうちに、とある<ありふれた病気>に、国王は臥した。

次にシーラが、愛する父に会えた日、それは…

 


 カワッセ・グーが、ウロポロス城の書斎に出勤した朝、廊下を走る者のけたたましい声が。

「し、シエンタ・カルサ・デ・ラパーナ王、崩御!陛下が、今朝方、みまかられた!」

急報が、ウロポロス城を、襲った。文部次官は書斎から飛び出した。

「なんたることだ、ご逝去の因は、なんなのだ?!陛下は、そのようなご病気であったとは、聞いておらぬ。なぜだ?」

カワッセは、顔面蒼白で城内を走り、尋ね回ったが、死因に値する情報は何一つ得られない。

「わからぬのだ、カワッセ殿。陛下は、ここのところ、お疲れの様子ではあったが、心労のせいであると、侍医も考えていたようだ。」

「頭痛や、不眠を訴えておられた王に、侍医は、いつもの熱冷ましや、眠り薬を処方されていたと聞くが。ここ数ヶ月間、毎日のように、薬は飲んでおられたそうじゃが、それ以外に、変わった御様子は無かったように思うがのう。」

「そうよ、カワッセ殿。あまりに急じゃ。思えば数日前から、朝参に、国王陛下は御出席されぬようになっていた。御容態の急変を知っていたのは、限られた側近のみらしい!今朝早く、国王陛下の御寝室に、アスート・リンゼン卿と、数人の老臣が呼ばれ、ご遺言を聞いたそうじゃ。」

シエンタ・カルサ・デ・ラパーナ、うら若き翡翠王の、その遺言を、カワッセは、言われるより先に、声に出して、叫んだ。

「新王、女王陛下の御誕生であるな!我らが、シーラ・ラパーナ女王陛下のご即位なり!」

 


翡翠王が逝去した日の、朝参が開かれた。文部次官カワッセ・グーは、その席で、初めて、シエンタ王の病状を知らされ、驚愕した。

「なんですと?たった1週間で、急にお加減が悪くなり、今朝方、全身から出血され、亡くなられたと?それは…毒殺ではないか?!」

 筆者はさっき、シエンタ王の病気を、<ありふれた病気>と記した。シーラの父に、盛られた毒薬と、同じ薬、まるで同じ手口で殺された国王が、ここナの国より、遠い国にも、いたからだ。王の、真実の体調不良に際し、侍医が良薬と信じた薬を、恒常的に飲ませる。それを多量に常用し続けると死に至る、という手口。これにより、シエンタ王と、ほぼ同時期に殺された、とある国王の物語りは、「月下の花」第9章に、記されている。

 国王亡き後、事実上の指導者となった、官房長官アスート・リンゼン卿は、すぐさま下手人の捜索にあたった。侍医が、国王に飲ませていた眠り薬は、ウロポロス城下の、由緒ある薬品店で仕入れたものであり、その薬が、昨年より外国から輸入されるようになった新薬であることまでは、判明した。

「外国とは、どこの国か?リンゼン卿。」

興奮するカワッセたち家臣に、リンゼン卿は、侍医と薬店主に詰問した内容を話した。

「ふむ、奴らは、結局、なにも知らなんだ。良き薬と思い、王に飲ませたのだ。しかし薬の正確な輸入元は、判明せず!多島海の彼方、西国よりのルートだとしかのう。侍医も、薬屋でそれを買った平民どもも、飲んでいたと言うから、連中もそのうち、王と同じように、肌がふくれあがり、汗腺から血を流して、亡骸と化すであろうな。」

聞きながらカワッセは、

(リンゼン卿は、シエンタ王が亡くなったとたんに、陛下への敬語を使わなくなったな…)

と思いつつ、王室の、異常事態を嘆いた。

 聡明な文官、カワッセ・グーは、悲しみに打ちひしがれながらも、冷静に時局を読んでいた。

(西国か。あの地方で、一番の大国は、アの国。次いでクの国、他に、ラウの国、リの国等々…今後、西国には要注意だ…が、しかし、若き王が暗殺され、下手人は不明、そこへ即位されるシーラ様の、なんとお気の毒なことか。シーラ様の御為、わたしに、何が出来るであろう。文部次官のわたしに。)

 真相は、闇に包まれたのである。リンゼン卿も、カワッセも、正規の侍医に、毒とは知らせず毒を盛らせた者が、誰だったのか…釈然とせぬまま、憤懣やるかたないまま、国王の葬儀が営まれた。王が毒殺された事実は、朝参の議場内に秘され、内々に、真犯人を探す部隊が編成された。これが国家機密であることは、カワッセも異存ない。

 国民と、シーラには、国王は、病死という事にと、閣議決定し、そして、シエンタ・カルサ・デ・ラパーナが、瀕死の床で、アスート・リンゼン卿に、息絶え絶えに漏らした、最後のことば。

「シーラを…朕のシーラ・ラパーナを、女王にせよ!よいか、よいか…シーラだけが…朕の、娘だけが、この国の女王である…!」

リンゼン卿は、シエンタ・カルサ・デ・ラパーナの遺言を、国じゅうに向けて発表した。ここに、王位の継承がなされた。

今日から、ナの国の為政者は、塀の中しか知らない、子供なのだ!

 


 この時、同国内に、2人の間者がいた。

アの国の地方領主、ドレイク・ルフトの手の者は、「ナの国王、病気にて崩御、12歳の王女が即位」という報を、国境近辺で知った。彼は、旅人の姿に身をやつしたまま、すぐさま帰国し、領主に報告した。

 もう1人の間者、即ち、ナの薬屋に、毒薬を売りつけた者は、国外に去ったのか?それとも、ナの国に居座り続けたのか?それは、誰にもわからなかった。カワッセ・グーは、後年に至るまで、この謎を究明し続ける…

 


その日の朝、シーラは、下女の口から、

「父上が、みまかられた、と?」

知らせを聞いた。

彼女は、自分の世界の、たった一人の<男性>を失い、男性とはなにか、わからぬまま、自分が何者なのかも、わからぬままに、また、わからぬという自覚もないままに!即位の日を迎えたのだった。

 


 この日の、シーラの心情を記すのは、後に置き、場面は、ウロポロス城から離れ、ナの国内に在る、森林へと移る。

 


 とある森に、二匹の、雌のミ・フェラリオが住んでいた。彼女ら妖精は、何年か、何百年か前から、或いは、ほんの数日前から、ここに暮らしていた。バイストン・ウェルの、どのミ・フェラリオも、共通して、自分の年齢や、世俗の暦を知らずに、今日の日を生きているのであった。つまりは、妖精とは、歴史的記述に関心無く、社会的事象に関係無い生き物なのだ。で、あるからこそ、妖精には妖精たる存在意義があったのだ。

ナの森に住む、エル・フィノと、ベル・アールも、そんなありふれた妖精の一員であった。

「ベル、もたもたしてないで、こっちおいでよ。ほら御覧、お花が咲いたよ。白い、きれいなお花。これ、なんていう名前の花かなぁ。」

年嵩の、桃色の髪を長く伸ばしたエルが、地面に咲いた、一輪の、その花自体に腰掛けて、子分のベルを呼ぶ。ベルは、産衣を、まだ着ている、赤子の妖精で、4枚羽は、エルのよりもずっと短く、未発達で、空を飛ぶ速度が遅い。青い短髪のベル・アールは、地面のエルより、ずっと高い枝につかまっていて、エルからは、ベルのおむつしか見えない。

 高場のベルは、突然、声をあげた。

「わあ!すごいのが、来るよ!エル・フィノ、すっごいのが、こっち来るー!」

蹄(ひずめ)の闊歩する音が、エルにも聞こえた。カッカッカッ!馬の蹄が、シダの生えた地面を蹴っている。馬に乗ったコモンが、森をやって来たのだ。それはわかるが、エル・フィノは、

「なにがすごいのさ。ここなんか、コモン連中がよく通るとこじゃん。なに、大声出しちゃって。どんな奴よ?」

年嵩のエルも、ベル・アールのいる枝に、パタパタと飛び、こちらへと馬を走らせるコモンの姿を目視した。

 すごい。

 確かに、すごかった。

その男は、黒馬(あお)にまたがり、長身を、多島海の澄み渡るような青色の甲冑で包み、そして同色のヘルメットを被っていた。ヘルメットは、両目だけを覗かせた仮面。

 黒い馬に乗った、青い甲冑、青い仮面の騎士!

 そして甲冑の肩から、漆黒の、長いマントをひるがえし、大烏(おおがらす)の羽のような、その長く黒いマントの上には、青い仮面の後頭部からはみ出ている、栗色の長髪が、ふさふさと風にたなびいて!

森を通る、コモンの騎士を、見慣れていたはずの、二匹のフェラリオにも、この騎士の、威風堂々たる様、髪の色と、甲冑とマントと、馬の色との、絶妙な色合いの、あまりの美しさ、そして体格の見事なこと、背がかなり高く、たくましくも、すらりとしなやかな、牡鹿のような…遠目にも、妖精の目にも、

すごい…きれい!!あんなきれいな騎士、見たことがない!

と、驚嘆させるほど、美形の男子であったのだ。…特に、エル・フィノの目線を釘付けにしたのは、彼の、長くたなびく、栗色の髪だった。森のこずえを通って射す光が、彼の長い髪を照らして、つやつやとした触感まで、目で感じてしまうほどに。

 二匹が、うっとりと眺めていると、闊歩してきた騎士は、二匹のいる木の、真下で、馬を止めたので、二匹は、いや、二人の女の子は、嬉しい驚きを得た。

 更に、彼女らを驚かせることが。

「やあ、かわいいミ・フェラリオさんたち、こんにちは!ねっ、ちょっと降りて来てほしいさ。僕、君たちに聞きたいことがあるのさ!」

なんて涼やかな声だろうか。見た目では、背の高さと、馬の扱いの巧みさで、大人の男かと思ったのに、その声と言葉遣いで、十代の少年であると、妖精にも、すぐわかった。しかも、である。ベル・アールが甲高い驚嘆を口にした。

「ええーっ、なんで、あたいたちが、ここにいるって、わかったのさあ?!」

子分の言を待たず、早や、この騎士に一目惚れしてしまっている、少女エル・フィノは、彼の肩の近くまで、飛んで降りて、彼の顔の周囲をぐるぐる飛び回り、

「ね、ねっ!あんた、どこから来たひと?なんで、この森に来たの?なんで、あたしのいる枝がわかったの?なんで、そんなにきれいな髪なの?なんで、そんなにきれいな声なの?なんで、ねえなんで!」

青い甲冑の、栗色の髪の騎士は、仮面から覗かせた、真っ青な瞳で、極めて親しみやすい笑顔を作り、

「あは、困っちゃうさ!質問したいのは、僕の方さ!じゃっ、さあ、ねえ、ピンク色の髪の君。すっごくかわいいよね!なんて名前?教えて教えて、僕に教えて。」

教えて教えて、のくだりを、バイストン・ウェルのミ・フェラリオが歌う、独特の拍子で、彼は歌った。はすっぱのミ・フェラリオに向かって、ミ・フェラリオの歌で答えてくれるコモンなど、ましてや騎士など、二人の女の子は、会ったことがない。なおさら、エルと、赤ん坊ベルも、嬉しくなって、彼の顔の周りを飛び回りながら、続けて歌った。

「あたしの名前は エル・フィノ です

 きょうはあんたに 会いました

 こんどは教えて あんたのおなまえ!」

「あたいのなまえはベル・アール!

騎士さま騎士さま 教えてちょうだい

あんたのおなまえ 教えて教えて 

あたいに 教えてくださいな!」

青い目の上にある、弓型の眉を、まあるくほころばせ、気前の良い笑みを目元だけで表現して、青い仮面の少年騎士は、栗色の後ろ髪の、長さを、自慢げに振りながら、こう歌った。

 それはもう、森じゅうに澄み渡る美声で!

「僕は来たのさ ナの国に

 遠い国から どこかは言えない

 僕の名前も 誰かは言えない

 ごめん 仮面を被った騎士には 名前を名乗る 資格が無いのさ

 ごめん 仮面を被った騎士には 名前を尋ねちゃ いけない決まりさ

 これはバイストン・ウェル 騎士の決まりさ

 だから呼んでね 僕のことはさ

 青の騎士 って これが僕の 今のすべてさ!」

こうして出会った、エル・フィノとベル・アール、そして<青の騎士>は、連れ立ち進み、森を出て行った。二人の妖精、特に年長のエル・フィノは、美しい彼のとりことなり、エルの子分ベルは、エルと供に、彼のしもべとなった。ナの国の妖精は、青の騎士の尋ねるままに、知っている全てを答えた。

 半日ほど、黒馬に乗る青の騎士と、妖精二人は、道を行き、広い平野に、街並みが地平線まで続く風景を、見渡せる丘のてっぺんまで来た。大きな都市、そこはナの国の首都であり、森からずっと、喋りずくめのエル・フィノが、声高らかに、青の騎士に教えた。

「ほら、あれよ!街の真ん中にある、でっかいお城。あれがウロポロス城。あんたが会いたいって言う、シーラ・ラパーナ様は、あそこにいらっしゃるの!」

 

2005年4月30日