第30章 ショウ・ザマ、出奔す
宴もたけなわとなっていた夕刻。会場の喧騒から遠く離れた、少女の部屋。
ラース・ワウの深窓の姫君、リムル・ルフトは、自分の部屋に、ひそかに、聖戦士ショウ・ザマをまねきいれ、恋人ニー・ギブンと、その仲間たちの動向について、話し合っていた。
2人が話し込んで、もう2時間以上、経過していた。
リムルは、午後、機械の館でダンバインの整備をしていたショウ・ザマにすりより、ギブンの館で見聞きしたことを教えてほしいと、申し出たのだった。2人は、こっそりと、リムルの部屋に入った。
ショウは、ドレイクの娘が、敵方のニーと、恋仲であると知るにおよび、
「みんな、乱れてるんだな。」 という感想を持った。
リムルの手元には、チャム・ファウが届けた、ニー・ギブンからの手紙があった。姫君はそれを、ショウに読んできかせた。ゼラーナは、いま、ラース・ワウから、そう遠くはない、ボンレスの森にひそんでいるとのことだった。ギブン家の御曹司が生きのび、戦力を保持し、ドレイク領内にいることは、バーン・バニングスたちに、知られてはならない。
ショウ・ザマは、ギブンの館で、自分が見てきた、両家の会談の様子と、それへの感想を、リムルに語ってきかせた。
「おれは、正義がどっちにあるかって言われれば、どっちにもあるし、どっちにもないと思ったよ。お互い、じぶんの利益や都合があって、必要にせまられて、戦争をしてるんじゃないかな。」
「だって、ショウ・ザマ!ニーさまが、あんまり、おかわいそうです。お父さまも、お母さまも、バーンたちに、殺されてしまったのですよ。」
「ニー・ギブンだって、あんたの領内の民間人を、何百人も、殺したんだぜ。」
リムルは、自室のテーブルで、地上人と向き合い、腰かけていたが、ときどき、泣きながら立ち上がり、新しいハンケチを、箪笥まで取りに歩いて、また席にもどった。
ショウは、バイストン・ウェルという異世界に、ひとりぼっちで放り込まれて、ふと、年上の女性、ガラリアに魅力を感じたが、彼女に、手ひどくふられた直後だったし、目の前で、さめざめと泣く、16歳の少女、リムルに、自分の姿を重ねる心境になった。
リムルの想いの、真摯なことには、ショウも同情した。リムルは、身も心も、ニー・ギブンにささげているのだ。彼女には、最愛の恋人の、最愛の両親を殺した、ドレイク軍がやっていることのほうが、蛮行に見えるのだった。リムルは、ショウに、ニー・ギブンの味方をしてほしいと、申し出た。ショウは、重ねて反論した。
「戦争ってのはさ、どっちも悪いんだよ。戦争行為そのものを、避けるべきなんだ。バイストン・ウェルは、戦国時代だから、しかたがないんだろうけど、おれの国には、軍隊と戦争を、禁止する憲法があるんだ。それに、おれ一人が、ギブン家に寝返ったからって、事態が収拾するものじゃない。余計に混乱をまねくだけなんじゃないかな。」
「では、ショウ。あなたは、このままラース・ワウで、聖戦士を続けるつもりなのですか。」
ショウ・ザマは、ふさぎこんだ。考えたってしょうがない。おれは、おれが、苦しくない、悲しくない場所にいたい。ただそれだけだ。いま、どこに行きたいかって?そりゃ、東京に決まってる。おれは、平和な日本で、モトクロスをやりたいんだ。本来の、おれの生活に、もどりたいんだ。
「リムル、おれは、聖戦士も、なんにもやりたくない。やらなきゃいけない義務なんか、ないだろ。」
するとリムルは、激しく、嗚咽しはじめた。
「あんまりです、ショウ。あなたは、ご自分の御身が、かわいい。それはわかります。戦士になりたくない。あなたを無理やり、召還したのは、わたしの父ですもの。やる気はないという、言い分もわかります。
ですけど…では、あなたは、逃げるのですか!」
「逃げるだって?」
ショウ・ザマは、この部屋に来てはじめて、怒りをあらわにした。
「お逃げになればいいのです!わたしが、こんなにも、お願いしているのに、ニーさまを助けて下さらないのなら。
トッド・ギネスにも、わたしは、頼みました。この戦争に、加担してくださいますなと、お願いしました。あのひとは、戦争をやめろというなら、父、ドレイクを説き伏せるべきだと、そう言いました。
そうして、トッドは、自分が生き残るために、父の配下で働く決心をしたそうです。
でも、ショウ、あなたは、そうではない。戦争は、それ自体が悪いとおっしゃいましたね?そうして、なにもしたくないと、おっしゃいましたね?わたしも、こんな戦争は、やめてほしいのです。
わたしが12歳のとき、この城、ラース・ワウに、ニーさまや、キーン・キッスを、おまねきして、わたしの誕生会を、したのですよ。そのときから、わたしは、ニーさまを終生の恋人と誓いました。あの平和だった日々に…もどりたい…」
リムルのほほをつたう涙は、いま、心の淵からあふれ出してた。
「平和を願うのは、あなたの国の憲法だけでは、ありません。このわたしも、それを願っているのです。
ショウ・ザマ。バイストン・ウェルには、伝説があります。世界が混乱におちいったとき、地上人があらわれ、聖戦士となり、平定をもたらすために活躍するという伝説です。それは、おとぎばなしなのかもしれません。でも、あなたも、トッド・ギネスも、聖戦士なのです。それはまちがいありません。
聖戦士トッド・ギネスは、生き扶持をかせぐためには、父のもとにいるほうが、割がよいと、言いました。自分の生きる道は、自分で決めると、トッドは、断言しました。そう言われたら、わたしと意見はちがうけれど、彼を認めざるをえません。ですけど、ショウ、あなたは、聖戦士として、男として、人として、どういう道をいかれるのですか。」
「それは、だって…おれは…」
ショウ・ザマは、リムルの精魂こめた訴えに、言葉がつまった。トッドを引き合いに出された。リムルは、トッド・ギネスの言い分を認めたのだ。
自分の生きる道は、自分で決める、と。
リムルの声が、室内に、かん高くひびいた。
「お願いです、聖戦士ショウ!ニーさまを、助けてください。あのかたは、傷つき、わたしからの手紙を、いまかいまかと、待っておられるのです。あの暗い、危険な、ボンレスの森で…この手紙を、あのかたに、とどけてください、あなたの手で。そしてニーさまに、もう一度お会いしてほしいのです。
あなたがおっしゃるとおり、義はどちらにもなく、どちらにも、あるのでしょう。だったら、わたしは、愛するおかたの義に尽くします。
この手紙には、わたしから、聖戦士ショウ・ザマどのを、ニー・ギブンさまに、推薦したいと書いてあります。彼と、会って、話して下さい。そして、ご自分のおいきになる道を、ご自分で決めてください。お返事は、チャム・ファウに持たせてください。」
刻限は、7時をまわっていた。ショウ・ザマは、激しく動揺したが、リムルの気迫におされ、彼女がさし出した、麻紐でしっかり結んだ巻物を、受け取った。同時に、彼女がショウにつきつけたものとは、バイストン・ウェルで生きてゆくための、自己確立への決断だった。
ショウ・ザマは、姫君の青い瞳を、じっと見つめ、そのまなざしの強さに、うたれた。そして、首を、たてにふった。ニー・ギブンと、一対一で、話してみたいという気持ちになった。空色のダンバインは、整備済みで、機械の館に格納してある。
「どうやって、脱出するんだ…?ボンレスの森って、どっちの方角なんだい。」
「東です。ダンバインで、ひたすら東にとべば、すぐに、うっそうとした樹海に出ます。チャム・ファウがとび、羽を光らせて、合図しますから、降下してください。大丈夫、今夜を選んで、ニーさまと打ち合わせをしたのには、勝算があるからです。宴会で、城内のほとんどのものが、酔いつぶれておりますし、わたしが、バーン・バニングスを、ひきつけておきますから。」
確かに、ショウ・ザマが夕刻、機械の館を出てきた時点で、大将のゼット・ライトはじめ、工員のほぼ全員が、宴会場に向かっていた。警備は、手薄のはずだ。
決めた。空色のダンバインに乗って、おれは、この城を脱出する!
その時。
部屋の扉を、こぶしでたたく音と、男の太い声が聞こえた。
「リムル様。わたしです。バーン・バニングスです。祝賀会のお時間ですぞ。そこに、おられますな?」
ショウ・ザマと、リムル・ルフトは、顔を見合わせ、まなこを見開いた。リムルが、早口で告げた。
「わたしが、おしばいをしますから、合わせてください。あなたが、闖入(ちんにゅう)したので、追い出してほしいと、バーンにすがります。あなたは、早く、立ち去って!そして、機械の館へ!」
ショウ・ザマがうなづくと、リムルは即座に、扉へ走り、開けた。バーン・バニングスが、なにか言おうとするより先に、リムルが、
「バーン、見てよ、このひと!無礼もの!無理やり入ってきたのよ!」
バーン・バニングスは驚き、テーブルのそばにつっ立って、オドオドしている、地上人の少年を見つけ、怒鳴りつけた。
「きさま、そこでなにをしている!おそれおおくも、リムル姫のご寝室なるぞ!」
リムルを女として愛していない、とはいえ、そこはバーンの職業意識と、騎士道精神からして、怒り心頭に発して、とうぜんだった。ショウ・ザマは、わざとらしく言い訳をした。
「うわー、みつかった。ごめん、すぐ出て行くよ。」
バーンのわき、扉を、すりぬけようとしたショウ・ザマに、バーンが、つかみかかろうとしたので、リムルは、それを制するのではなく、たきつけた。女は、生まれつき女優だ。
「外でショウ・ザマを見かけたので、わたしから尋ねたのです。ギブンの館で、ニー・ギブンに会ったかと…そしたらこのひと、もっとくわしい話しを聞かせてやると言って、人気(ひとけ)のない部屋に行こうって言うの。そうして、無理やり…!」
憤慨したバーン・バニングスが、こぶしをおろして、ショウの後頭部をかすった。身をかわしてショウ・ザマは、脱兎のごとく走り去った。深窓の姫君に、ちょっかいを出そうとした者の、逃げ足が速いのは当たり前なので、バーンも疑わず、深追いしなかった。加えて、リムルが暗い顔でうつむき、おしばいを続けた。
「バーン、わたしが、ニー・ギブンの消息を、知りたがったのは、ほんとうです。そこに、つけこまれたのは、わたしに隙がありました。」
上手な嘘とは、真実の中に、嘘を混ぜたものである。リムル・ルフトのおしばいは、まったく成功した。バーン・バニングスは、消沈した姫君の手をとり、うやうやしくお辞儀をして、祝賀会場へと、エスコートした。
<次回予告>
BGM ♪ちゃららら ちゃらららららっ
ひゃっほぅ、セザルでぇーす。ショウ君、あっちに行っちゃうみたいだねえ。さびしくなるさ~
あ、そうそう、ちょっと大事なこと、思い出したさ。
今回だけは、僕の次回予告で、
原作テレビアニメの次回予告、若本紀夫さんのナレーションと、同じフレーズが使えるから、言っておくさ!
「戦雲がショウを呼ぶ。」
♪ちゃららっ
2013年6月28日