第19章 戦士ガラリア・ニャムヒー 前編
よく晴れた朝であった。泥のように眠っていたガラリアは、カーテンの隙間から射し込む陽光のまぶしさで、瞳を開いた。夢から覚めたガラリアは、夢の内容は覚えていなかった。
「ああ、現実だ。あれは、悪夢ではなかったのだ。」
昨夜の惨事。園遊会を襲ったゼラーナは、ガラリアの住む国の、罪無き民をおおぜい、殺戮した。ガラリアの脳裏に、人々の悲鳴が、肉片と化した人体が、ありありと浮かぶ。
人は悪夢から目覚めた際、「夢でよかった」と安堵する。だが、今朝のガラリアは、「夢だったらよかったのに」と嘆いた。起こってしまった現象は全て、取り返しのつかないものとなるのが現実というもの。2度とはやり直せない。そして夢のようには、容易く忘れる事は出来ないものだ。
キャミソールとパンティーだけの、ベッドのガラリアは、上半身だけ起き上がり室内を見渡し、わざと、何度も瞬きしてみた。
見える、自分の部屋。暗転、真っ暗。見えた、自分の部屋。暗転…
ゆっくり、目を開け閉めしては、現実だ、現実だと、繰り返し自分に言い聞かせた。こういう精神状態になったのは、何年ぶりだろう。そう、アトラスが死んだ直後の時期、こんなふうだった。
「だが、今朝の私は、まだ、いい…昨夜、娘御を亡くされた、ユリアの知人のご婦人は、眠る事すら出来ずに、錯乱したままであろう。彼女は、この先ずっと、一生涯、悲しみに狂い続けるのだ…おのれギブンめ!私が、仇をとる。」
軍服に着替えながら、ガラリアは、ふと、自分の妙な心持に気がついた。
「あっ…いやだ、なんだろう…」
今日は、私の初陣、部下を率いての突撃である。緊張は、もちろんしている。領民の敵討ちという決意も、強固だ。だが、これは?
体が、うずくのだ。甲冑を着けていたら、柔らかな乳房や、股の、花の中心が、うずうずと、接触を求めてしまう。そして例えようもなく、寂しいのだ。
誰かに抱かれたいのだ。
「あ、あ、いや、いや…」
自分の体が、感じている、求めている行為へ、理性が抵抗した。
「こんな日に限って、なんだ?私ときたら、ふしだらな!」
だが、花は、勝手にヒクヒク動いて、触れられる事を求める。堪らず、ガラリアは履いたズボンの上から、両手で、きゅうっと、欲しがっているあそこを、抑えた。
「アッ…いい…ほしい。だめだ、我慢出来ない。どうしてだろうか?私、最近は、自分でしたくなっても、たまにであったし、抱かれたいと心が求めている男は、
バーンだけなのに、
今朝の私は、好ましい男ならば、だ、誰でもいいから、褥がしたい!男の、広い胸に抱きつきたい。ただただ、褥を求めている。私、おかしくなったのだろうか?」
自問自答しながら、ガラリアは立ったまま、花をぎゅうぎゅう抑え続けていた。片手を、甲冑で包んだ乳房へ。強く掴んだ。花の上に残した片手の指先は、布地をまさぐり、ひだを押す。感じてよろけて、壁に肩をもたげ、まだ喘いでいる。
「あぁんっ、はぁ、はぁ、ほしいぃ…抱いて、誰か、抱いて。」
寂しい。今までだって、褥がしたくて狂いそうな夜は、幾度となくあった。でも、朝から、こんなふうに色狂いになった事など、なかった。寂しい、さびしいっ。
寂しくて涙が出そうだ!
女のオナニーとは、男とは違い、続けたら、時間に果てがない。小さなイク、大きなイクを繰り返し、「もうやめよう」と、どこかでケリをつけるか、眠ってしまうかしなければ、終わる事のない快感と、そして寂しさが、えんえんと続くのである。
もう部屋を出なければ、朝礼に遅刻してしまう。ガラリアは、花から手を放し、ふぅっ!と声に出して息を吐き、首を振りながら、外へ出て行った。
外へ。おおぜいの他人の待つ、外界へ。
「そうだとも、私の、褥を欲する感情は、ひたすら孤独へ、己が内省へと向かうものだったはずだ。なのに、今日は、他者との…誰か、私と同じように、寂しくうずいている者と、抱き合う行為を、体が求めてしまっているのだ。これは、なんたる事態だ?
大事な軍務があるというのに。不謹慎な私。
いいや…違うな…なんとなくだが…
実戦を前にしたからこそ、ではないだろうか。怖いからだ。死を怖れるから、寂しさ、人恋しさが募るのだ。
そういえば、本で読んだ事がある。戦争が、長期に渡り、戦場に駐屯する期間が長引くと、女戦士には、子を孕む者が多くなると。」
ガラリアは、十代の頃、その本を読んだ際には、男の兵士が、同朋たる女戦士を無理やり犯すからであろう、なんといかがわしい、許しがたい!と、憤慨していたのだが、
「ひょっとしたら。今の、私の気持ち。死を怖れるあまり、自分の<生=性>を確かめたくなる気持ち。そして、自分の死を目前に感じる、若い男女には、無意識に、種族維持を求める本能が…はたらくのでは?
そうか、人とは、自分の死を意識すればするほど、褥を欲するのだ。
だとしたら、褥をしたい気持ちとは、命のありかを希求する、生き物の、純粋なる衝動なのかもしれない。私のこの気持ち、ふしだらだ、不謹慎だと、一蹴すべきでは、ないのかもしれぬな…」
ガラリアは、かつての恋人、アトラスが、死に際して、激しく訴えていた思想、彼が彼女に、いつかわかってほしいと、願ってやまなかった想いを、少しずつ、理解し始めたようだ。
機械の館に近い野原に、ダンバイン3機と、ドロ15機が、整然と並んでいる。
整備兵が各マシンを出入りし、入念な作業をする傍ら、今日、ドロで出撃する守備隊下士官たちは、三々五々集って、打ち合わせをしていた。
トッド・ギネスら、3人の地上人、今日は、桃色の、ドレイク軍の傭兵用軍服を着込んでおり、昨日までとは見違えて、聖戦士らしく見える。
ショウはヘルメットを被ってみたり、とってみたり、
「すごく軽いな、これ。なのに硬い。どういう素材だろう?」
バイク乗りである彼は、フルフェイスのヘルメットに興味しんしんの様子だ。聖戦士たちに歩み寄ってきたショット・ウェポンが、しとやかに、ごく親切な口調で説明した。
「それは強獣の殻で作られているのだ。甲冑も、あれらオーラ・マシンも、昨夜、ドラムロと対決させたガッダーや、キマイ・ラグといった生き物の殻や、筋骨を利用している。ヘルメットや甲冑は、昔からあったが、わたしは、地上の科学力と、バイストン・ウェルの素材を融合させ、オーラ力で飛ぶマシンを開発したのだ。」
トカマクはへぇーと言い、トッドは、同国人ショットに、質問したい事がたくさんあった。ショウは、怪獣のカラか、と改めてヘルメットを両手で持ち、表面を叩いたりしていた。すると、彼方から、馬に乗った、薄茶色の軍服を着た兵士が数名やって来るのが見えた。彼らも同型のヘルメットを被っている。
数頭の馬の列から、一頭だけが離れ、ショウ・ザマへ向かって闊歩して来た。ショウは、少し、嫌な予感がした。あの薄茶色のヘルメットと軍服は、この城に一番多い兵士、下級兵と呼ばれる連中だ。
(あいつら下級兵は、同じメットをしてるから、見分けがつかない。けど、一人、ちょっとヘンな奴がいたんだ。昨日会った奴…)
トッド・ギネスとトカマクは、ショットに連れられ、ダンバインのコクピットに上がっていたが、ショウだけが、少し離れた草の上に立っていた。
野原には、おおぜいの兵士が、軍務のために散らばっている。
本日の作戦は、聖戦士にはダンバインの試運転と言っておき、実の狙いは、ガラリア率いるドロ隊の先導で、ギブン領に攻め込み、聖戦士ダンバインを誇示する事、加えて昨夜の園遊会攻撃に対する、報復をする事が目的である。
従って、トッドたちには、ドロで出撃する兵士たちの、緊張感は、悟られてはならないし、作戦に関する話しを聞かれるのも、まずい。
そこで、ショットが、地上人同士のノリで話し掛け、興味をそそるような話題で、聖戦士たちの気をそらす役目を買って出たのだった。
くすんだ金髪の、やや少ない髪量をセミロングしたショットは、日本人少年が、自分に付いて来ていないので、ダンバインに添えられた木製の足場から、振り返った。見ると、馬から降りた下級兵が一人、ショウに話し掛けているらしい様子。
(雑兵が、地上人に興味を持ってお喋りに来たか。ならば放置しても安心だな)
ショウ・ザマは、遠くから、自分目掛けてやって来た、メットの男が、昨日のヘンな奴だとわかるや、後ずさり、トッドたちのいる所へ逃げようと思った。だが、
「待ってよショウ君。僕さ。セザルさ。昨日会ったじゃーん。」
そう言って、背の高い奴は、ショウ・ザマの片腕をやんわりと掴む。掴まれると、強い力ではないのに、何故だか、振り払えないのである。拒絶させないなにかが、セザルにはあるのだ。
「は、放せよ。」
「いやさ、いやさ。僕、ショウ君とお話ししたいさ。昨日はあんまし、時間がなかったしさ、今、暇でしょ。いいじゃん。」
ショウが、セザルをヘンな奴を思うのは、妙に馴れ馴れしいところ、しげしげ見るところ、そして、やたらと体に触りたがるところである。
セザルは、ショウの肩に手を置き、黒髪のつむじに自分の顎を近付けた。セザルのヘルメットの下辺が、ショウの頭頂部に軽くあたる。2人の身長差は顔一個分ある。
「ねえ、ショウ君は、僕と同じ歳だったよね。18だよね。カラーテが得意なんだってね。カラーテの技、僕に教えてほしいさ。ホンダダを作った人のお話しの続きも、聞きたいさ。昨日聞いたのは、えっと、ニホンが戦争に負けた後、ホンダソウイチロウさんは、ハママツで自転車修理屋さんやってて、原動機つき自転車を開発して、原動機には、えと、えっとう。何かをくっつけたんだっけ?」
「原動機には、燃料が要るから、ゆたんぽを、ガソリンタンクに改造して、自転車にくっつけたんだよ。」
セザルは、ゆたんぽって何だとか、ハママツとトウキョウは近いのかとか、ショウにべったり寄り添い、さかんに喋り続けた。ショウは、内心、
(なんなんだ、こいつは。地上の話しに興味があるのは、他の連中も同じだけど、だったら、トッドやトカマクとも喋ればいいのに、俺にばっかり。なんでだろう?歳が一緒だから?それにしても、ベタベタしやがって、ヘンな奴!)
と思い、セザルには、少々辟易していたが、自分がイヤそうな顔をすればするほど、セザルは、面白がっているようなのだ。
「ねえねえ。ショウ君。あのさ。ヘンなこと、聞くんだけどさ。いいかな?」
ヘンなのはお前だよ!と心中で突っ込みつつ、
「な、なんだよ。」
「ショウ君は、経験、あるの?」
「…経験って…なんの…」
「褥。あり?まだなし?どうなの、どうなのさ。」
しとね、という言い方は、昨日から、ショウは何度か耳にしており、それが、Cまで(死語。座間君、さすが昭和40年生まれ。)ヤッているという意味である事は、理解していた。ショウは焦った。
同い年だが、自分よりはるかに背の高いセザル。しかも、昨日、ヘルメットをとった顔を見た時、バーンさんみたいなかっこいい青年ですら、目を見張って驚愕、次いで嫉妬心を隠し切れなかったほどの、美少年セザル。
(こいつ、自分は、絶対、ヤッたことあるんだ。だから俺を、見下してからかおうって魂胆だな!)
とは言え、Cまで経験あるとウソをついたって、バレるに決まっている。ショウは、視線を反らし、片口をゆがませながら、蚊の鳴くような声で、
「ないよ…」
そして続けザマに大声で、
「いいだろ!仕方ないだろ。俺の家は、そういう方面にうるさいし、高校は共学だったけど、校則が厳しくってさ。も、モテないわけじゃ、ないぜ。バレンタインチョコは、最高2個、貰ったこと、あったし。そりゃあ、手作りチョコじゃなかったけど、少なくともチロルチョコでは、なかった!明治のハート型のだったんだぜ。あれは結構、本命用だって、クラスの女子が言ってたんだ。なんだよくそ、じゅ、18でまだなんて、普通だよ普通!」
ショウは、バイストン・ウェル人には理解不能なタームを連発しながら、恥ずかしさを隠そうと、まくしたてた。するとセザルは、ヘルメットの中の視線を、ふと空に向けた(※)後、非常ぅ~に低い声で、ささやいた。
「クチとクチのキスは?」
「ないッ!なかったらなんだよ、お前はどうなんだよ。いっぱいアリか、ふん!」
さて、そこへ、バーン・バニングスが、馬で近寄って来ていた。ショウは、セザルの肩越しに、甲冑姿のバーンが、馬でやって来たのに気付いたが、バーンは、ショウと対面しているヘルメットの下級兵が、セザル・ズロムだとは気が付いていなかった。
ショウ・ザマが、なんとかが、ナシだとか、アリだとか言っておるな。と、馬上のバーンが思った瞬間、絶妙ぅ~なタイミングで、ヘルメットの奴は、声高らかにこう言ったのである。
「うん、僕、彼女いるよ。イザベラ・ロゼルノっていうのさ、僕の恋人。イザベラとは長い付き合いでさ、きれいな人なのさ。今度ショウ君にも紹介するさ。」
馬に乗ってた奴は、落馬しかけた。
ガラリアは、機械の館に入り、ゼット・ライトと、打ち合わせをしていた。
「ゼット、ダンバインだが。地上人はまるで初めてだ。いきなり飛べと言って、飛べるものなのか?オーラ力は、原動力であって、操縦技術は別物と思うのだが。私が、ドロの操縦を習う際、手で動かす部分、足で踏む部分、色々あって、会得するには期間を要したぞ。この点、どうなのだ。」
と、事務的に語るフリをして、実はガラリアは、うずくあそこを持て余していた。小脇に抱えるヘルメットの硬い輪郭が、自分の腰骨にあたるだけで、あふぅぅん、したぁ~い、と感じてしまうのである。
もちろんゼットは、彼女が今、ヤリたくてヤリたくて仕方がないのだぁー状態である事など、夢にも知らないので、いつも通り、ビジネスライクに、
「その点はですね。彼らに尋ねたところ、3人とも、運転免許を持ってるんですよ。免許というのは、自動車という、地上の乗り物の、操縦試験に合格してるって証書です。オーラ・バトラーの操縦は、自動車の運転が出来る人なら、扱える設計になってますから、大丈夫です。特にトッド・ギネス氏は、空軍パイロットですから、問題なく…ガラリアさん、どうかしましたか?」
ガラリアは、垂れ目を、もっと垂れさせ、だらしない、とろんとした目つきで、お口はポカリと半開き。完全にアホの子の顔で、俺をじぃーっと見つめている。どう見ても、真剣に仕事の話しをしている顔ではない。
ゼット・ライトは、
(そうか、彼女は、これから初めて、突撃隊長を務めるから、ひどく緊張してしまっているんだな。緊張すると、ぼうっとするタイプだったんだな、ガラリアたんは。ああ、かわいそうに。こんな可愛い女の子が、戦争に行くだなんて。俺ァ、心配でならないが、彼女はこれが仕事なんだ。止めるわけにはいかない。せめて、バックアップ態勢は万全にしてやらなきゃな。それが、俺の仕事だ。)
ウスラバカ男は、こんなマトモな思考しか、出来なかった。違う。全然、違う。ガラリアが考えている事とは。
(ゼット・ライトとは…先日、やっちゃってもいいかな、と魔がさした。バーンにふられた悲しさで、甘えたくなって。悪い事だと思い、自制したが、やっぱり…
アリかッ?
よく見れば、この人、でぶではない、ガッチリ系だ。もしかして、脱いだら、筋骨りゅうりゅうでたくましい胸板なのでは?大柄な男は、剣もでかいのだろうか。いや、体格と剣の大きさは、必ずしも比例しないと、ユリアが言っていたぞ。
…ううむぅ、アリか?ナシか?ゼットの剣はどっちだ?!)
機械の館のあるじは、眼前の、恋する女が、今まさに、自分とハメるや否やと、激しく自問自答しているなどとは、露知らず、にっこり微笑んで言った。
「大丈夫ですよ、彼らは、ちゃんと飛べます。それは心配しないでいいです。貴女は、どうかお怪我のないように。御武運を祈ります、ガラリアさん。」
すると彼女は、アホの子の顔をやめ、いつものキリッとした顔になり、神妙に肯き、
「うむ、わかった。ありがとう。では。」
と言い残し去ったので、ゼット・ライトは、俺の言葉で、少しは緊張がとけたのかな?どうか落ち着いて、そして無事に、帰って来てほしいと考えていた。
機械の館を背中にし、スタスタ歩くガラリアは、ブツブツ、
「やはり、ゼットはナシだな。どうしても、顔がダメだ。不細工すぎる。いくら体格や剣が良いものだとしても、あのイボイノシシのような顔が、私の乳首を吸うと、想像しただけで、撲殺したくなる。ゼット・ライト、人柄は極めて良いし、頭は抜群にいいが、顔で、全て帳消しな男だ。さっき笑顔になったら、鼻の穴がムホッと開いて、鼻毛が出ていた。あー、なんとひどい醜さだ。うむ、やはり、男は顔だな。顔だ顔。」
本日、出動するマシンが並ぶ野原で、バーン・バニングスは、馬から転がり落ちるように降りた。ショウと、ヘルメットの下級兵、声と口調から、セザル・ズロムだと判明した奴へ、大股で歩み寄り、
(聞き捨てならぬ!い、イザベラとは別れたが、別れたのはつい先日である。それを、この青二才が、長い付き合いだと?ふざけるな、彼女は、ずっと前から、わたしの女だったのだ!)
怒るバーンに呼び止められる事を、既に予想していた後ろ姿のセザルは、くるっと振り向くと同時に、例によって、もったいぶってヘルメットを脱いだ。首を回し、上体を軽く反らせ、色っぽく、栗色の長髪をお披露目。
うふ、と笑い、青い目をバーンに流した。
「セザル・ズロム、その方、今なんと申した。」
「え、なんですか、バーン様。僕、ショウ君とお喋りしてるのさ。楽しいのさ、邪魔しないでほしいさ。」
なんという、生意気な。騎士団長に向かって、邪魔するなだと?
こやつ、昨日も、ショウやトッドの前で、さんざん喋って目立って、わたしへの儀礼がまるでなってなかった。ガラリアに、守備隊の部下であろう、注意しろと命じたら、彼女は、ミズル殿の御子息なのだぁ、カワユイから許すのだぁ、などと言いおって…
あぁ゛ーッ!もう、我慢ならん。
ガラリアめ、いつから年下好みになったのだ。ユリアと一緒になって、キャーキャーおだてるから、こやつは増長するのだ。ミズル殿の子だからなんだ、勘当されてるくせに、それはっ父上のご判断はっ、たいへん正しいっ!
その上、わたしの女を、我が物呼ばわりか。同年輩のショウ・ザマに威張りたくて、適当に、領内の騎士の女性名を言ってるだけだろう。そうだ、ウソをついているに違いないのだ。
「セザル・ズロム、下問に答えよ。身分ある女性の、御名を、軽々しく口にしたであろう。」
「イザベラのこと?」
セザルは、笑いながら、しらっと言った。こぉの、クソガキめ。
「無礼な物言いをするでない。あのお方は、お前が呼び捨てにしてよいような女性ではないぞ。貴婦人であられるのだ。ロゼルノ夫人と、言いたまえ。しかも、なんだ、お前如きが、お相手して頂けるような方ではないわ。恋人だなどと、流言するとは、甚だしき不埒である。ウソを申して、かの君の不名誉を言いふらすとは、許さぬぞ。」
バーンよ。あのお方とか、かの君とか、あんた彼女の激・知り合いだねバレバレ発言連発である。横で聞いてるショウ・ザマですら、
(そっか、バーンさんも、イザベラさんを知ってるんだ。しかも、彼氏のセザルに怒ってるってことは、片想いなのかな?こんなかっこいい人が。セザルには敵わなかったてことか。)
と、真相お見通し状態である。セザルは、ショウに語っている体勢で、とぼけて言った。セザルの、<見下してからかおうという魂胆>だった相手に向けて。
「ウソじゃないさ。イザベラと僕は、僕が14の時からの付き合いだからさ、もう4年になるかな。まー男同士だからぶっちゃけ、彼女は年上で、経験豊富なのさ。すっごく色っぽいのさ、真っ白なもち肌なのさ、しかも巨乳なのさ。僕、イザベラに褥を教えてもらったさ。」
真性童貞ショウは、心中で、14でもう!Cまでかよ!ちっくしょう、こいつ早過ぎだよ、初体験が年上、理想じゃねーかよくっそー(以下略
バーン・バニングスは。直立不動、長髪が、猫の尻尾のように逆立ち、瞳孔は縮んで、口は黙ってしまった。セザルの、イザベラ・ロゼルノについての描写を聞いたら、事実であると、認めざるをえなかったからだ。
(4年前から…か…かぶってる…わたしとセザルは…
…きょうだい…)
この怒りとも悲しみとも、つかない事はない、両方の感情を、わたしは誰にぶつけたらいいのだろう。イザベラにか。あの売女、わたしと、このガキとを、二股しておったのか。あどけない少年の純情を、もてあそびよって!
押し黙るバーンの前で、二股の一方は、テノールの声を、わざと幼い感じに、そしてしょんぼりと目を伏せて、こう言った。
「でもさ、あのね、ショウ君。彼女と、付き合ってるって、パパに知られたら、僕んち厳しいから、叱られちゃうのさ。パパに、無理やり、別れさせられると思うさ。だから内緒なのさ。この点は、すっごく辛いのさ。わかる?」
ショウは、相手がいるだけで、全然いいじゃんと思いつつも、セザルが突然、ひどく悲しそうな顔をしたので、よほど怖い親父なんだな、あのミズルさん。そうは見えないけど、家庭内では暴君なのかな、うちのお袋みたいに。と同情し、
「あ、あぁ、うん…俺んちも、同じような感じだから。わかるよ。」
と言ってあげた。バーンの方は、
(わたしは、実際に、父上にバレたせいで、別れるハメになったのだ。)
とは考えたものの。
バーン・バニングスも、既に、セザルの魔法に、かかっていた!セザル・ズロムの魔法とは、悲しそうな顔をするだけで、あん~あ、それだけで、異性ばかりか、同性まで、かわいそうだと同情してしまう、無敵能力なのである。
バーンは、夢中になってイザベラについて語る、小僧を見つめ、
(そうだ、わたしの彼女への怒りは、セザルが知れば、同じことだな。
こやつは、まだ、幼い…初めての女性にのぼせ上がり、ショウ・ザマに自慢したいか。気持ちはわからんでもない。…そうだな、知らない方がよい。
かような嫉妬に苦しむのは、わたしだけでよいか…かわいそうだ、この、無邪気にはしゃぐ少年に、真相を突きつけるのは。)
先ほどまでの、怒りはどこへやら、バーンは、
(もう、別れた女だ。これに譲ったと思い、忘れてやろう。)
などという、弥勒菩薩が如き寛大さで、黙って、その場を去ろうとした。
ところが。
「イザベラと出会った頃さ、彼女、しつこい男がいて困ってたのさ。ぶっちゃけ、イザベラの元彼なんだけどさ、そいつ、イザベラと逢瀬してるのに、他の女の子の話しばっかするんで、嫌いになってしまったんだって。その男はさ、年下の?幼馴染みの?女の子を、本当は好きなのにさ、年上のイザベラは愛人扱いで、彼女と寝ながらだよ、片想いの悩み相談ばっかしたんだそうさ。
イザベラー、わたしはどうしたら彼女と想いを遂げられるのだろうー、とかさ、
イザベラー、彼女が婚約してしまった、悔しい悲しい慰めておくれー、とかさ、
そんなの、不愉快じゃんねえ?つーか、そいつ、単なるバカだよねぇ?
イザベラは、その困った男の事を、僕に相談しててさ、それで仲良しになったのさ。イザベラは、そいつを遠まわしに疎遠にしようとしたけどさ、そいつ、全然、行間が読めない奴でさ、何度も彼女に手紙よこして、ヤリたいヤリたい、言うんだってさ。僕が、彼女と付き合い初めて以降は、そいつからの手紙はなくなってたんだけどさ、ついこないだ、3年ぶりにそいつから手紙が来てさ、驚いた事に、まだ自分の女のつもりでさ、ヤリたいヤリたい、書いてあったそうさ。
こういう男について、どう思うさ、ショウ君。」
答えたのは、もちろんショウ君ではなく、こういう男の方だった。
「だまれぇええええええーーーーッ!!」
オレンジ色の軍服、ガラリアが、ダンバインとドロが置かれる野原に、徒歩でやって来た。辺り一面に広がる若草色の絨毯に、彼女の軍装の色は、遠目にも、よく目立った。
特に、本編のヒロインを、恋い慕う男の目に、オレンジ色の軍服は、心踊り色めき立つ、魅惑のカラーである。
守備隊員、名無しのハンカチの青年は、数時間後に控えた初陣への、極度の緊張状態で、ただでさえ暗い顔を、なお暗くさせ、ドロにもたれて体育座りをしていたが、遠来のオレンジ色、ガラリアを見とめるや、
「あぁ、ガラリア!俺の女神。」
立ち上がり、甲冑で守られた貧弱な胸板を、どきどきと波打たせた。
てくてくこっちへ歩いて来る、愛しの彼女は、ここから5、600メートルぐらいだろうか。ハンカチ君は、草原に尻をついていた、自分のズボンに、ごみや汚れがついていないかと、見栄えを気にして軍服をはらっていた。
ガラリアが、来てくれるまで、あと何分と何秒かな、と彼が、胸ときめかせていた時。黒髪の地上人が、大声で彼を呼びつけた。
「あの、すみません、名無しのハンカチの下士官さん!」
聖戦士殿が、俺みたいなサブキャラを呼ぶなんて、なんだ。ショウ・ザマは、怪訝そうな顔を振り向かせた彼に、慌ててまくし立てた。
「あんたが、セザル・ズロムの上官?あっちでそう聞いて来たんだけど」
ハンカチ君は、またセザルが、何か騒ぎを起こしたのか…とうんざりした。
「そうですが、なんですか。聖戦士ショウ・ザマ殿。」
「助けてよ!あいつなんとかしてよ。バーンさんに喧嘩売りやがって、あっちで大騒ぎになってんだよ!」
ケ・ゴーンの滝に、行きたい。俺は、もう。
トッド・ギネスは、ダンバインのコクピットに腰掛け、開け放たれたキャノピーの中から、
「おぉっ、面白れぇ、バーンさんお怒りの一撃が、おおっと、あたらない。」
トッドの横、木製の足場に立つトカマクも、数メートル下方で繰り広げられる、バーンとセザルの、殴り合い、ならぬ追いかけっこに、腹を抱え笑う。
理由はわからないが、いきなりバーン・バニングスが、薄茶色の軍服の少年兵に、掴みかかろうとした。だが少年は、バーンの拳を、するりひらりとかわし、実に上手く逃げ回っている。青い長髪の背後にまわり、素早くまた眼前に出る。栗色の長髪をたなびかせるセザルは、バーンの周囲をぐるぐる駆け回りながら、アヒャアヒャ笑い、さかんに、
「にいさん!バーンにいさん!」
とはやしたてている。バーンにいさんは、顔をゆでだこのように真っ赤にして、
「黙れだまれ、黙らんかぁあーーッ!」
と怒鳴り、ちょこまかと逃げるガキを捕えようと必死だ。
ソ連人とアメリカ人は、あのガキは昨日会ったやつ、名前はなんて言ったかな、と話した。
トカマクは、
「えぇっと、なんだったっけ、Царь とか?」
トッドは、
「そうだったな、Caesar って言ってたな。…すごい名前負けだと思った」
トカマクは彼の名を、ロシア語で、トッドは英語で記憶していたようだ。読者の皆様においては、仏語表記、Cesar で呼んでおられることであろう。
トカマクの隣りに立っていた、ショット・ウエポンは、くだらない騒ぎには興味を持たず、ふと、こんな事を考えていた。
( Caesar か。地上人のあやつは、たいした器ではない。わたしこそ…)
そこへ、ショウに引きずられ、あたふたと駆けつけた、上官ハンカチ君は、騎士団長をからかい、おどけ回っている我が部下を見て、
ケ・ゴーンの滝に、また一歩近付いた。とうなだれてる場合ではない。
ハンカチ君は、眼前のバーンの怒りようを見、振り返って、接近しつつあるガラリアを見た。彼女の距離からは、まだ、この騒ぎに気がついていない様子。早く事態を収拾しなくては。
「せ、セザル!やめないか、なにしてるんだ。あ、あ、バーン様、申し訳ありません、なんか俺の部下が、失礼をしまして!な、何を申し上げたのですか?」
それを言わせないために、こやつを捕まえるのだ!バーンは、なお自分のぐるりを駆け回り、アヒャアヒャ笑っているセザルの、上官に向かい、
「その方!名無しのハンカチとやら、こやつを捕獲いたせ、早く!」
言われるままに、ハンカチ君が、部下に飛び掛ると、セザルは、自分の直属の上官には、やけにすんなり捕まった。羽交い絞めにされた栗色の長髪は、まだ、くすくす笑っている。すかさずバーンは、セザルの軍服の襟を、ぐいっと掴み、ハンカチ君から引き離した。
バーンは、ズルズルとミズルの息子を引きずり、人の多い場所から50メートルほど離れ、栗色の長髪の小僧を、首を締め上げ顔を近づけ、睨みつけた。青い目はニヤニヤしている。赤茶色の目の方は、太い声にドスをきかせて、
「きさま…」
テノールの笑い声が答える。
「なにさ、バーンにいさん。僕のにいさーん」
「コロス。」
「まだ死にたくないさ。放してよ、苦しいさ、にいさん。」
「コロス。セザル、コロス。」
「いやさ、いやさ。おーやおや、あそこに見えるは、オレンジ色の軍服、僕の隊長!守備隊長殿に、教えてあげようかなあ、バーンにいさんがやっちゃった人と、内心惚れちゃってる人とさ!」
振り向いたバーン・バニングスは、背後で、ハンカチ君らと合流しようとしている、愛するガラリアを見つけて、心臓が口から飛び出そうになった。
(くっ、口止めをしなければ、こいつと、そうだショウ・ザマにも!)
ガラリアは、ショウと並び立っていたハンカチ君に、声をかけようとして、向こうからバーンが、えらい大声で
「ショウ君ッ!ショウ・ザマ、こっちへ!早く来たまえぇええ」
言われるままにショウは、バーンの元へ。ガラリアはきょとんとし、
「なんだ?バーンがセザルを締め上げているな?おい、名無しのハンカチ、何があったのだ。」
彼は肩で息をしながら、
「さあ、俺もよくわかんないんだけど、セザルが、バーン殿をえらく怒らせたみたいで。あぁ、焦ったよ。」
ガラリアは、フゥーンと言いながら、バーンに連行され、草原の彼方へと立ち去る、ショウとセザル、3人の男の背中を見ていた。
見送りながら、うずくお花のガラリアは、自分の、本当に好きな男性の、青い長髪を、心の奥の奥においても、見送っていた。
(本当に抱かれたい人は…私の、一番欲しい人は…ああして、行ってしまうものなのか…私の手の届かない所へ…)
次いで、こうも思った。
(うむ、やはり、男は顔だな。ゼット・ライトの不細工ヅラを見た直後に、バーンとセザルを見ると、自分がどれほど重篤な間違いを犯しかけていたか、よくわかったぞ。あぁ、はやまらなくてよかった。)
更に、こうも思った。
(しかしぃ、なんだな。私は年下には興味ゼロパーセントだ。ショウ・ザマなどは、典型例だ。あれは、ひとめで童貞とわかる、死んでも寝たくないガキそのものだ。あーいやだいやだ、童貞なんて。童貞みたいなものが、私の乳首を吸うと、想像しただけで、撲殺したくなる。世の中の童貞どもは、とっととどこかで習ってくるがよいのだ。あー童貞、最低。
引き替え、同年輩でも、セザルの、セックスアピールのあること。あの色気は、いったいどこから来るものなのだろう?)
草原のはずれには、針葉樹の林があった。濃い緑色の葉の下、童貞ショウは、バーン・バニングスから、硬く口止めをされた。とは言え、ショウが認識出来ていたのは、バーンとセザルがきょうだいだという点のみだったから、問い質したバーンは、少し安心し、
「とにかく、ショウ君。どこの女性が、誰と密通しておったのかといった話しは、決して他言しないのが、騎士道なのである。こやつ、セザルが如きお喋りは、言語道断であるから、けして真似を致さぬように。」
こうしてショウだけが解放され、林間には、きょうだい2人が残された。
きょうだいの弟の方は、首根っこを掴まれたままで、兄にささやいた。
「じゃあさ、女性のベッドで、別の女性の話しをしちゃうのは、騎士道違反じゃないのかな?密通してもらってるのにさ、相手に対して失礼さ。」
それを突かれると、バーンは痛かった。セザルに指摘されるまで、自分がイザベラ・ロゼルノに、ふられていたのに、気がつかなかった事も、穴があったら入りたいほど、恥ずかしい。そして最も痛い点は、
「だから僕はさ、ずっと前から知ってるさ。騎士団長殿の、いっちばん好きな女の子は。」
「黙れぃッ!その先は、きさま、絶対、2度と口にするでない!それと。」
「それと?なにさ、なにさ。」
「お前、その、語尾に ~さ をいちいちつける喋り方は、やめんか。ガキ丸出しで、イライラするわ。」
「だめさ、だめさ。僕の ~さ は、外せないのさ。だってさ、これがアニメだったらさ、ヘルメットで顔見えなくてもさ、声優さんボイスで、僕だってわかるけどさ、これって小説じゃん?字ぃばっかじゃんさ。だからさ、台詞だけでさ、僕だって、読者さんにさ、わかってもらいたいのさ。」
バーンは、かぎかっこ内でキャラにこういう説明を言わせる、筆者の手法はいかがなものか、と思いつつ、本題に戻り、
「えぇい、とにかく、女の、彼女らの件は、他言無用!言えばその軽口、針と糸で縫いつけてやるからな、よいか、セザル・ズロム!」
襟首を持ち上げたつもりだったが、自分より背の高い栗色の髪の、少年の顔は、バーンの顔の正面にあった。真正面から向き合うセザル・ズロムは、突如として、非常に…不愉快そうな面持ちになり、低い声でこう答えた。
「いいけどさ…見返りは、なにさ。バーン・バニングス殿。」
見返りだと?
さっきまでふざけていた少年は、妙に落ち着きはらい、5歳年上の男を、睨みつけた。怒りをこめて。
バーンは、彼の表情の変化に、ひるんだ。ニヤニヤ笑っていた者が、急に怒り出したから、ではない。それが、感情の変化なのではなく、<意図的な変化>だったからである。
こいつは?面白おかしく、わたしをからかっていただけでは、なかったのか?
セザル・ズロムは、自分の軍服の襟を持つバーンの腕を、突然、片手で振り払った。しっかと握りしめていたつもりなのに、振り払うセザルの手の動きは、蝿を追い払うぐらいの所作である。腕力にものを言わせる奴を、さも、軽蔑するかのような素振りだ。
バーン・バニングスは、青い眉を歪ませ、この年少者を、警戒した。ついさっきまで、なめきっていた子供に、只ならぬ気配が満ち始めたのだ。
こやつ、いったい?この態度の変わりようは、なんだ?
栗色の、弓形の眉を、硬く眉間に寄せ始めて、少年は、ごく低い声で話した。
「僕が言ってる事は、別に誰の密談でもないさ。ロゼルノ夫人が、あなたに聞いた世間話しを、また僕に話しただけ。元々は、ガラリア嬢について語ってしまったお人が、いたってだけなのさ。」
この時、彼は初めて、<ガラリア嬢>と、名前を出した。18歳の声音は、だんだん、語調厳しくなっていき、バーン・バニングスは、自分の首が、相手の言葉によって、締め付けられていくのを感じた。
「それを他言するなと言われて、僕に、なんの得があります?口を縫うだって。そんなら、決闘しましょうか!バーン・バニングス殿。」
セザル・ズロム…この男はいったい?!決闘と言われて、バーンは、眼前の少年に、父・ミズルの老獪な顔が、被って見えた。なるほど、こうして真剣な表情になれば、父上によく似た面差しをしている。
「ロゼルノ夫人を侮辱したあなたを、僕は、みんなに告発したっていいんですよ。
どうなんです?筋が通ってないのは、あなたの方ではないのですか。
えっ?!騎士道から言えばそうでしょう?女の事ならば、僕は騎士として、あなたと対等に決闘する権利があるさ。どうです、やりますか。ダンバインの所に戻って、僕は、みんなの前で宣誓して見せるさ、イザベラ・ロゼルノ殿と、正式なお付き合いをするために、先客バーン殿と話しがつかなかった、だから剣を抜くと!」
下級兵セザル・ズロムは、帯刀のつかに、手を置いて見せた。バーン・バニングスに対峙する男は、もはや、首根っこを捕まえられたこわっぱではなかった。
バーンは、自分より高い背丈から見下ろされる、青い眼光に、威圧され、軍靴の足元が震えているのを感じた。振動する地面が、バーンに教えた。これは只事ではないと。
これは、嫌な心持だ。勿論、ガラリアとイザベラの件を、周知にすると脅されているのが、嫌なのだが、それだけではない。
眼前の男。青い瞳。わたしより背が高く、わたしより…美しい容姿の男が、女をめぐって、わたしに剣を挑む…年と身分が、わたしより下でなければ、このパターンは、まるで。
嫌だ!思い出す、ガラリアを奪ったあの男を、思い出す!
形勢は逆転した。針葉樹の林間には、雄々しく威嚇するセザルと、女々しく威圧されるバーン・バニングスが、いた。
騎士団長は、濃いピンク色の甲冑の胸当てを、後方に反らし、がくがく震える顎を、悟られぬよう、精一杯に答えた。
「わかった、セザル・ズロム。聞こう、その方の、望みは…見返りに、なにを望むのだ。イザベラならば、とうに譲った。彼女への非礼も、謝罪する。」
「そんなことじゃないさ!僕も、たかが密通さ。女のことなんか、方便さ。…こっからが本題さ…」
英語表記 Caesar は、剣を抜こうとする体勢のまま、怯えるバーンを睨みつけた。今、彼のまなこは、深い森で出くわした虎が如く、爛々と光った。
バーン・バニングスは、自分の前に<現れた>男を見た。栗色の長髪を、風にたなびかせ、瞳は青く深く輝き、渓谷が如く整った顔立ちを誇る、雄々しき騎士。緑の森林に映える薄茶色の甲冑の、騎士。バイストン・ウェルの騎士!
(これは本物の男だ!怒れる虎、まるで、アトラスの再来が如きやつ!)
猛虎は、本編の主人公に、静かに告げた。
「簡単な事さ…僕を黙らせたくば…見逃す事さ。
僕が行動する、公用以外の行為に、今後一切、口出し、手出し無用!
仮に、あなたの間者、ニグ・ロウが、僕と接触する事態になっても、あなたは、僕の邪魔をしないこと、させないことさ。その代わり、僕も、ニグ・ロウのする事には、目をつぶってあげるさ。
つまり、バーン、あなたと僕は、お互いの私事について、不可侵の協定を結びましょう、という意味さ。」
「な、なんだと…セザル、お前の目的は、いったい何なのだ?!
お前は…随分前より、入隊しておったのに、自己紹介もせず、そうだ、急に、昨日から、目立つような事ばかりしたのは、全て故意だな!朝礼で脱帽せず、目を引き、次いで、ガラリアや、聖戦士たちの前で騒ぎ立て…
わざと、無礼な子供の演技をして、我々の前に現れた!
そしてこの所業。わたしを脅迫するために?…その方、何者かッ?!」
すると彼は、さやから、真剣を、半分ほどまで、抜いて見せたので、咄嗟にバーンも、帯刀に手をやった。正に抜刀せんとする、長髪の騎士2人。栗色の髪は、テノールの声を、鋭く放った。
「僕の目的、それを、問うな!これが、僕の望むものさ。わかりましたか、バーン・バニングス。僕には、あなたにだけは、断っておく必要があるのさ。」
なぜ、と言いかけてバーンはやめた。その、バーンの口の動きを見てとったセザルは、ゆっくりと、抜きかけていた真剣を、さやに戻した。カチ、と彼のつばが音をたて、剣が収められた事を伝えた。帯刀から手を離し、セザルは、上から、バーンを見下ろし、最後通牒を出した。
「僕の言いたい事、わかってくれたみたいですね。では、返答を聞きたいさ。」
バーンは、この数十分間に、眼前の男が見せた変化、放たれた言葉、あらゆる態度が、全て仕組まれた恣意だった事に、驚愕していた。ショウ・ザマと話すフリをして、最初から目当ては、わたしを怒らせる事だった。(ショウと対話していたセザルは、上記※部分で、バーンが背後に来ていることを確かめていたのである)そして、女の事で脅迫すると見せかけ、実のところ、彼の目的は、まるで別の所にあったのだ。
そう、真意はわからぬが…セザル・ズロムは、わたしにだけ、敢えて本性を見せたのだ。そして、彼の本性を知っている事を、
<誰にも他言無用。>
と、わたしに要求しているのだ。
…本性か。ならば、わたしバーン・バニングスが、内心、欲する人のいる事も、過去の女の存在も、リムルと婚約した今となっては、特に、他人に知られたくない本性だ。お互いの私事に不可侵か…こやつの目的がなんであれ、間諜的行動は、名を上げようと考える者ならば、誰しも行うもの。
ただセザル・ズロムの稀有な点とは、殊更、人前では本当の顔を見せないでいる事、そしてそれを、敢えてわたしにだけは明かした事だ…つまり、奴の、今日の行動の目的とは、
<僕はあなどれない男ですよ。>
と、わたし一人を威嚇することだったのだ。
青い長髪の騎士は、栗色の長髪の騎士が、提示した要点を、把握した。2人の男は、しばらく、口を開かなかった。お互いの利害が、一致したか否か、2人は目と目で確認していた。
年上の方が、口を開いた。
「…いいだろう…承知した。密通について、干渉し合うのは、今日これをもって、最初で最後にしたい。そういう理解でいいか、セザル・ズロム。」
これは勿論、表面的な理由の方である。つまりバーンは、セザルに要求された点を受領したと発言したのである。
なぜ本性を隠すのかとは、もう問わない、と言外で答えたのである。
すると、セザルは、厳しくさせていた顔を、途端にやめ、バーン以外の者に見せていた顔に、戻った。両手を体操のように左右に広げ、少年は、テノールの声を明るく弾ませて、答えた。
「よくわかってらっしゃるさ、さすがさ!じゃっ、これで契約成立だねぃ。バーンにいさん。あは!」
ガラリアは、数時間後に出立するドロ隊の点検に、余念が無かった。と、いうのは表面上で、草原に並ぶドロとドロの間を、右往左往しながら、
(ああ、したい。シタイ…褥がしたぁい。いやぁ、ダメ、周囲に男がいっぱいいるのに、自分であそこを触りたいのだ、乳首をクリクリしたいのだぁああ)
というジレンマと闘い続けていた。ハンカチ君は、そんなガラリアの後ろを、金魚の糞のように付いて回り、金魚のように口をパクパクさせ、気弱な声を発している。
「えっとね、ガラリア。ドロは、予定通り15機用意させたんだけど、さっきショット様からお達しがあって、多すぎるから、10機に減らせって言うんだよ。どうしようか。機体が減れば、あのう、出撃する下士官も少なくて済むけど、その分、戦力も落ちるわけで…」
初陣前の緊張に加えて、今朝から恥ずかしい欲望を持て余しているガラリアは、イライラして振り返り、ハンカチ君を怒鳴りつけた。
「なにをバカなことを!少なくて済むだと。お前それでも古株の下士官か。戦力は多いに越したことはないであろうが。しかも予定の数を、直前になって減らせだと?ショット・ウェポンに指揮権などない!お前は、それで、ハイそうですかと引き下がったのか。」
愛しの君に怒られて、ハンカチ君は、ただでさえ情けない、さえない顔を一層、オドオドさせ、声を上擦らせた。
「えっと、あの、うん…あ、隊長から、君から言ってもらえば、なんとかなるかもしれないと思って、だから、あの…」
「もうよい!わかった、私がショットと話しをつける。」
こうして、うずくお花のガラリアは、ショウ用ダンバインの足のわきに立っていたショットへと歩んだ。歩くと、太ももが擦れ合い、お花のひだが擦れ合い、シタイシタイとお股が喋る。それを我慢して、折衝しようとするガラリアの顔は、いつにも増して仏頂面になっていた。
ショットは、聖戦士3人がいる前で、興奮し、まくしたて始めたガラリアに対して、
(バカな女め。今日の作戦は、聖戦士らには内密だと言うのに、この女のせいで、悟られてしまうではないか。)
やれやれと言った顔でショットは、勇むガラリアを、地上人から引き離し、2人は並ぶダンバイン3体のはじ、トカマク用ダンバインの陰で向き合った。
青い短髪の女は、痩せた、黒いドレス服の地上人に、続けてまくしたてた。
「ですから、ショット殿。ドロを削減など、させませぬから。ドロは予定通り、15号機まで出します。いいですな!私が守備隊長である、本日の作戦、統括は私である!あなたに口出しする権限は無いはずだ!」
くすんだ金髪の男は、頬を紅潮させ、弁舌を振るう女を、片口で笑い、あからさまに軽蔑して見せ、面倒臭そうに言った。
「旧式とは言え、ドロは我が軍で最も多く使用している主力兵器ですよ。今日の作戦の目的は、新型ダンバインの誇示、ドロは付録ですから、数を投入する必要はない。主旨から考えれば当然でしょう?あなたは軍全体を見ることが出来ないお方のようですな。」
この侮蔑に対し、ガラリアは、烈火が如く怒りを露わにした。
「なにを言われるか!ダンバインがいかに強力足りえるかは、あやつら聖戦士の腕前次第ではないか。しかも初運転だ、ダンバインこそ、私の足手まといだ!
この出撃、昨夜の領民虐殺への報復が主眼である。お館様から直々に、私はそう下知されておるのだ。それを、横から、差し出がましいのは、あなたの方であろう!」
対峙する、ガラリアとショットは、お互いを、嫌悪の表情で見合った。
ガラリアは、軍歴の長いミズルやバーンを差し置いて、大きな顔で指揮官気取りの地上人を、心底より軽蔑した。同じ地上人技術者でも、日々汗まみれで働いているゼット・ライトの好ましさと比して、ショットの態度の、高飛車なこと。彼女の、騎士的誇りと、幼い頃より培った、高圧的な男性への不信感とが、この地上人への反発となって表れるのは、当然であった。
一方、ショット・ウェポン、自称28歳の白人男は、ガラリアのような女が、一番嫌いであった。彼は、女の体を軍服に包み、司令官ぶり、文士ぶって自説を主張する、<女らしくない>ガラリアを、上から見下ろした。
(ふん、バイストン・ウェルの女戦士か。くだらん風習だ。軍隊で、男と対等な地位を、こういう浅はかな女に与えるとはな。だから、バイストン・ウェル人は、暗愚だと言うのだ。女など、褥と子守り用の生き物でしかないと言うのに、本を読ませたり、仕事を持たせたりするから、ガラリアのような、おとこおんなのかたわ者が出来るのだ。口ばかり達者なつもりで、時局のなんたるかを、何もわからぬ、正に女の浅知恵よ!)
鼻で笑って、ショットは、子供をなだめようという考えで、こう答えた。
「では、ガラリア殿。こうしよう。わたしの提示数、10機。あなたの要求、15機。中をとって、13機では、どうですかな。」
ガラリアは、青い細い眉を、なお怒らせ、ソプラノにドスを効かせ即答した。
「なぜ13に減らす必要があるか。予定通り、15機だ。」
するとショットは、少しなにか考え、思いつき、ハハハ、と乾いた笑い声をたて、こう言った。
「いやはや、あなたは知りますまいが、15というのは、地上では、縁起の悪い数字なのですよ。軍隊では、隊員や隊列の数が、15になる事を避ける風習があります。聞けばガラリア殿の隊は、実戦は本日が初めてだとか。わたしより、地上で言う縁起の良い数字…13を、お薦めしようかと思ったわけです。統括指揮官であるあなたに、わたしは、いささか非礼が過ぎたようだ。お詫びのしるしです。どうですかな、13機で出られては。これは、たいへん良い数字なのです…」
地上の縁起など、自分には関係ないと、ガラリアは思ったものの、ショットが、お詫びだと言うので、少しは耳を貸してもいいかと考えた。首をかしげたガラリアは、地上人に問いかけた。
「15は悪い数字で、13は良い数字なのですか?どういう謂われなのです。」
「ご説明すると長くなりますが、地上の信仰に拠るものです。
そう、本日は地上人を伴っての出撃、我々地上人の信仰にご配慮下さってもいいかと存じますが、いかがです?わたしも、あなたに歩み寄ったのです。あなたもわたしの顔を、少しは立てて下さいませんか。トッド・ギネス氏は、わたしと同国の軍人、同行のドロが15機では、気分を悪くされるやもしれません。13ならば、その点…」
守備隊長ガラリアは、ショットの言う事をふむふむと聞き、そうか、トッド・ギネスが、15は縁起が悪いと騒ぎ出したら、作戦の妨げとなる。ならば少々削減しても支障は無いか、と考え、ショットに合意する事にした。ショット・ウェポンは、守備隊長に軽く頭を下げ、最後にこう言い残した。
「良きご判断です、ガラリア殿。先頭の1号機にはあなたが乗られる、ならば、末尾の13号機には、あなたの、最も信頼する部下を搭乗させる事をお薦めします。縁起の良い数、13に乗る者の戦功は、きっと吉と出るでしょう!」
林の中で、バーンと別れたセザルは、契約相手が馬で去るのを見届け、上官ハンカチ君のいるドロの所に、ゆうゆうと戻った。
ヘルメットを被り、目は相変わらずニタニタ笑っている部下を、ハンカチ君は、こわごわ、叱ってみた。部下とは言え、上背があり、超・美少年のセザルは、素人童貞ハンカチ君から見れば、抑圧感のある存在である。
「せ、セザル、おまえな。あんまり、騒ぎばっか起こすなよな。昨日の朝礼は、うっかりしてたんだろうけど、さっきのは、なんだよ。畏れ多くも騎士団長殿をからかうなんて。」
青い瞳を、メットの窓から周囲に配り、セザルは、ガラリアが近くにいない事を確かめ、上官にこう答えた。
バーン様との事は、誰にも言わないようにって、ご本人と約束してきたから、申し上げられないです。すっごい、叱られたけど、最後には許して下さったさ、バーン様、さすが太っ腹さ。でも…」
ここで、セザルの魔法、悲しそうな顔、が出た。ハンカチ君は、オタオタと、どうしたんだと、部下を慰めようとした。ますます、しょげた顔になったセザルは、しゃくりあげるフリをしながら、上官に話した。
「でも、名無しのハンカチの上官殿。昨日、朝礼で、脱帽しなかったのは、本当は、わざとなのさ。」
「なんだって?どうして、そんなことしたんだよ、セザル。俺がどれだけ、赤恥かいたと思ってるんだ。」
「それは…」
ヘルメットの青い目は、優しく、じっと上官を見つめた。セザルは、この目立たない、地味な青年、20代半ば過ぎでまだ素人童貞な彼を、愛顧の気持ちで見ていた。
(可哀想な人さ。心根のいい人なのに、押しが弱いから、いい目に合えないでいる。僕は、この人の気の弱さを利用して、ガラリア嬢とバーンに存在を誇示した。なにか御礼をして差し上げたいさ。)
「あの、僕、実は…上官殿、僕は、ユリア様と、お話ししてみたかったさ。きっかけがなくて、それで、わざとヘルメットを。叱られるような事をしたら、きっとガラリア様の性格から言って、直接、制裁されるだろうなと。そしたら、ガラリア様といつも一緒のユリア様とも、お話し出来るかなと、思ったさ。
…ごめんなさい、上官殿!ユリア様とお近づきになりたいばっかりに、僕、悪いことしちゃったさ。どうか許してほしいさ。」
ハンカチ君は、驚きと供に、安堵した。超・モテモテ男セザルの、お目当ては、自分とは違う女の子だったからである。すっかり拍子抜けし、笑顔に変わった顔で、ハンカチ君は、自分より背の高い部下の胸板を、ひじで小突き、
「こいつぅ、困った奴だな!なんだ、そうか、おまえ、ユリアが。アハハ、そうならそうと、先に俺に言えばいいじゃんか、紹介してやるのに。おまえだったら、ユリアに申し込めば、たぶん付き合ってもらえるぜ。ニクイぜこのぉ!」
セザルもウヒャヒャと笑い、すかさずこう言った。
「あは!そうさ、上官殿も、早く告白しちゃったらいいさ、好きな人には!」
途端に上官殿は、小突き回していたひじを止め、硬直し、再びオドオドと地面に目を伏せた。これで誤魔化しているつもりである。セザルは遠慮なく続けた。
「上官殿は、彼女とは、長いんでしょう?ずっと彼女を好きなんですよね?」
ハンカチの青年は、彼女って誰だよ、いないよ、好きな子なんてと、うつむき、つぶやくだけ。セザルは、これだからこの人、素人童貞にもなるのさ、と思いつつ、上官殿の想い人の名を出した。
「僕が見たとこでは、彼女。ガラリア様は!」
あわててハンカチ君は、今頃、辺りをキョロキョロ見渡し、当人が近くにいない事を確認している始末である。全くもって、性格・才能供に、正反対の上官と部下である。
部下は、上官を、力強く、鼓舞した。
「ガラリア様は、あなたに好意を持ってらっしゃると、見たさ。思い切って告白しちゃえばいいのさ。きっと上手くいくさ。」
初登場、第4章な、本編においては結構古参キャラな、ハンカチの青年兵は、貧相な顔を真っ赤にして、大汗かいて、どもって答えた。
「そ、そんなはず、ない、あ、あ、俺は、彼女を、ガラリアをどうにかしようだなんて、そんな大それた事は…」
「どうしてさ、ガラリア様はさ、年上好き、真面目に働く人好き、優しい人好き。なら、名無しのハンカチの上官殿は、ピッタリさ。それにさ。」
弁達者セザルは、歯痒い年長兵に、なんとか勇気を出させようと、切れる脳を加速させ、留まらず口を走らせた。
「今日は、この後、出撃じゃないですか。ガラリア様だって、まだ21歳の女の子なのさ。きっとたぶん、怖いし、緊張してるし、誰かに、いい子いい子してほしがってると思うさ。あなただって、そうでしょう?騎士ならば、初陣の前に、心残りはしないことです!好きな女性には、想いを告げるべきさ。つーかもう、やっちゃえばいいのさ。」
素人童貞は、ヒィーとかすれた、声にならない悲鳴を喉ちんこで出した。路傍に捨てられた子犬のように、ブルブル震えて、ハンカチ君は、とてつもない発言をサラリと言ってのけた部下を、皇帝に拝謁する気持ちで見上げた。
伊語表記 Cesare は、怯える子犬たんの肩に、ポンと手を置き、
「やっちゃえばいいのさ。名無しのハンカチの上官殿。GOなのさ。」
子犬たんは、くぼんだ黒い目に涙を浮かべ、セザルにすがった。
「で、出来ない…お、おまえ、そんな、すえ恐ろしい事、出来るわけないだろ…ブン殴られる、嫌われる、軽蔑される…うぅ、それが怖いから、今まで、俺は…友達付き合いすら出来なくなるのが、怖いから…う、うおぉーん、うわぁーん」
感極まって、ハラハラと泣き崩れた、7つも8つも年上の素人童貞に対し、セザル少年18歳は、両肩をしっかと持って、強い口調で言った。
「それを何年続けてきたのさ。この先もそのまんま続ける?それで、あなたは、ガラリア様を愛してると思ってるだけで、終わっていいんですか。ダメじゃん。男なら、やっちゃうべきです。彼女は、あなたが男になってくれるのを、待っているのさ。」
泣きながらハンカチ君は、
(おまえは、顔に自信があるから、そんな大言壮語が出来るんだ。素人童貞の気持ちなんか、わかりゃしないんだ。)
と、ひがんだ。ひがむ、卑屈、弱腰をルックスのせいにする、その全てが、素人童貞の素人童貞たるゆえんなのだが。ひがんだ素人童貞は、うつむいて答えた。
「セザル、おまえは、ガラリアの元彼が、どんなすごい人だったか、知らないから、そんな軽挙を勧められるんだよ。知ってたら、言えないよ…」
すると、栗色の髪をヘルメットに隠した少年は、毅然として、言葉を止めず。
「父から、話しには、聞いてますよ。クの国の王室親衛隊長で?美男子で?だからなんです。ガラリア様が、その人に惹かれたのは、顔や身分にですか!あなたはガラリア様という女性を、なめてるんですか。」
こうタンカを切られたハンカチ君は、キッと顔を上げ、小僧を睨んだ。彼の、黒い小さな瞳は、光りを帯び始めた。
「なめてるだと?セザル、口が過ぎるぞ!俺は、彼女が、どんなに苦労してここまで来たか、よく知ってる!だから、彼女を…俺は…」
セザル・ズロムは、上官の、瞳の輝きを見逃さない。
「その気持ちこそ、彼女が求めているものさ!でしょう、上官殿!ガラリア様が、元彼を愛したのは、彼が、ガラリア様の寂しさまで、深く愛してくれたからではないですか。だったら、今、彼女を支えてあげられるのは、上官殿、あなたをおいて他にはないのさ!」
ドロ13号機の陰で、2人の男は、静かに、目と目を合わせた。年下の方が、口を開いた。
「GOなのさ。」
年上の方も、口を開いた。
「GOなのか…」
上官の両肩に手を置いたままのセザルは、やっと説得出来たさ、と思ったが、20代半ば過ぎの下士官は、18歳の下級兵に、ボソボソとこう言った。
「どこで、どうやって、どう言えば、いいのかな。この後、昼食とって、休憩時間があって、準備して、で、出撃だし…やっぱ今日は、やめとこう。俺、出来ない、どうしていいかわかんないよ、コワイよ、セザル。」
あぁもう、これだから、あんたいつまでも素人童貞なのさ!と癇癪を起こしそうになったセザルは、指先で天空を指し、高らかに宣言した。
「賽は投げられたのさ!」
<次回予告>
BGM ♪ちゃらららっ ちゃらららららっ
やっほぅ、セザル・ズロムでーす。
というわけでさ、このお話しは、前編と後編に別れてるわけだけどさ、このページ下部に、リンク貼って、
<続きを読む>
にして2ページにしようかとも、思ったけどさ、あんま長くてさ、僕はじめ、各キャラの見せ場が多いからさ、後編の更新まで、時間を置いた方がイイと思ったさ。
さぁて、次回の月下の花、「戦士ガラリア・ニャムヒー」後編は。
予告するまでもナイかな!前回の予告と一緒さ。
ガラリア嬢と、ハンカチさん、ダンバインと供に出撃ぃ、になるわけさ。
ちなみに、この作戦、イヌチャン・マウンテン侵攻にはさ、
ガラリア嬢の他は、守備隊でも古参の、下士官だけが行くのさ。
だから、今回登場しなかった、ユリア嬢や、下級兵の僕は、出撃しないわけさ。
なんでって、守備隊長ガラリア嬢自身が、そう決めたからなのさ。
きっとアレだねぃ、ガラリア嬢は、入隊して以来、
優しくしてくれた先輩たちを、信頼してさ、敬意を表したいんだろうさ。
自分の初陣に、年上のおにいさんばかりに、一緒に行ってほしいなんてさ、
彼女の、淋しがりやな、甘えんぼな、可愛いぃ~性格が出てるさ!
じゃっ、またねぃ。
2004年7月19日