ガラリアさん好き好き病ブログ版

ここは、聖戦士ダンバインのガラリア・ニャムヒーさんを 好きで好きでたまらない、不治の病にかかった管理人、 日本一のガラリア・マニア、略してガラマニのサイトです。2019年7月、元サイトから厳選した記事を当ブログに移転しました。聖戦士ダンバイン以外の記事は、リンク「新ガラマニ日誌」にあります。

序章 女、幼くして、少女と呼ぶ

 バイストン・ウェルには、地平線がない。リーンの光が大地を照らす昼と、暗闇が人々を包む夜はあっても、その天空には、丸い太陽と月は、ない。バイストン・ウェルに住む人々は、その天の上には海があり、その海の更に上方に、地上という世界があることは、知っていた。地上の生き物が死の時を迎えると、その魂はここバイストン・ウェルで生まれ変わるのだ、と言い伝えられていた。

もしも、地上人(ちじょうびと)を生きたまま、バイストン・ウェルに来させようとするならば、オーラ・ロードを開くしかないことも、バイストン・ウェルの人々は知っていたが、地上人の方は、そんな世界があることは、自分の目で、見るまでは、知らなかった。

バイストン・ウェルとは、生命の、輪廻転生の一場面でしかないのかもしれないが、それは地上も同じことだ。

バイストン・ウェルに住む、「人間」に見える生き物には、大きく分けて3種類ある。

コモンと呼ばれる種族は、地上人の目には、いわゆる、普通の人間に見えた。

社会制度は、中世ヨーローッパのそれに似ており、身分階級がある。国ごとに、王族が支配し、国内には地方領主がおり、領主たちは、国王の臣下である。王族と領主の、臣下としてある階級には、騎士の位がある。騎士は、主に地元の軍隊に所属し、領地や俸給を支給されて暮らす。騎士の下には、平民がおり、農業や商業でもって生計を立て、領主に納税して暮らしている。平民と騎士階級には、歴然とした家柄の差異があるのだが、昨今のバイストン・ウェルには、戦乱が続き、下克上の風潮があったため、軍隊に入って戦功が認められれば、階級をもらえることもあった。こうした、コモンの社会情勢は、日本の戦国時代に似ている面もあるが、徴兵制度にかんしては、各国で違う形体があった。

ガロウ・ランと呼ばれる種族は、一見してコモンとは違い、色黒で薄汚い、下卑た風貌である。

ほとんどが山賊であったり、おいはぎであったり、コモンたちから、犯罪者として恐れられ、下層階級として、さげすまれていた。ガロウ・ランたちの多くは、バイストン・ウェルの特定の場所に住みかがあり、コモンの人里に来る際には、自分の姿を、隠した。彼らが、コモンと交流するとすれば、金で雇われた間者として、であることがほとんどであった。脚力や謀略といった、間者に不可欠な能力においては、ガロウ・ランのそれは、優れているのである。

フェラリオと呼ばれる種族は、地上で云う、妖精である。

ミ・フェラリオは、バービー・ドール大の生き物で、背中に昆虫のような透き通った4枚羽を持ち、空を飛び交う。コモンとは、友人になったり、下働きをしたりといった交流がある。エ・フェラリオは、人間大の羽のない妖精で、天上の結界を越えた世界、「水の国」に住み、その中には、オーラ・ロードを開くといった、特殊な能力を持つ者もおり、コモンとの直接交流はない。ミ・フェラリオは、男女別があるが、エ・フェラリオは、全員が女性の姿をしていた。

この3つの種族がひしめき合い、バイストン・ウェルは、コモンの各国が、武力でもって勢力を拡大せんとする、乱世の様相を呈していた。

地上人から見れば、バイストン・ウェルは、妖精がいて、騎士がいて、お姫様がいて、お伽話のような、夢のような世界に見えたか?否、コモンも、ガロウ・ランも、フェラリオも、怒りや悲しみ、憂いと切なさに耐えて、生きなければならない人間の人生と、なにも変わらない。輪廻を何度繰り返しても、人は人にしかなれなかったのかも、しれない。そもそも、魂が輪廻転生するという発想自体が、人が、己が一生のはかなさを憂えて、抱いた理想であろう。

人の一生涯は、その人、ただ一度きりである。そのはかなさゆえに、魂は、命は尊いのだ。

バイストン・ウェルでも大国と言える、アの国、その国内の一領主であったドレイク・ルフトは、一人娘リムルが生まれる前から、他領、他国への侵攻を目論見、軍隊の強化に努めていた。

ある時、西方の隣国、リの国と、些細な国境侵犯問題が起こった。アの国王、フラオン・エルフは、自分の軍勢を使いたくなかったので、臣下である領主の中では、最も強大な軍隊を所有するドレイクに、出撃を依頼した。ドレイクは、少数の軍勢を差し向け、制圧した。

その戦闘中に、初陣の若い騎士が敵前逃亡をしたので、斥候隊長の一存で処刑した…という報告書を、ドレイクは、居城ラース・ワウの執務室で読んだ。領主は、特に気にとめることもなく、「済み」の書棚に放り込んで、二度とその書類を見ることはなかった。
序章 女、幼くして、少女と呼ぶ


 ガラリア・ニャムヒーが物心ついた時には、父は彼女の世界に生きてはいなかった。だが、父の汚名だけが歴然と生きていた。ガラリアにとって、人生とか世の中とかという言葉で理解されるものは、顔も覚えていない父親が、自分の生涯を「卑怯者の娘」と決定付けたものでしかなかった。彼女の幼女時代には、美しい母親がいつも悲しんでいる姿、悲しさゆえに美しい姿があり、その母だけが庇護者であって安らぎであった。

元、騎士の位を誇ったニャムヒー家は、ガラリアの父が家督を継いだが、彼は戦に不向きなひ弱な青年であった。初陣で敵前逃亡をした罪によって、父は処刑され、領地も屋敷も召し上げられ、残された妻と娘は、貧困と、公然の侮辱の中に、ただ投げられた。

 下克上が当然の風潮であったと同時に、騎士階級であるからには、落ちぶれても家名を守らなければならない。この重圧に、母アメリアと、幼女ガラリアはさらされた。アメリアの実家のわずかな援助で、母子2人はラース・ワウ城下のあばら家に住んでいた。外に出れば、わずか5歳のガラリアに、近在の悪童たちが石を投げ、

「卑怯者の子!」

「くず!死んじゃえ!」

「お前なんか人間じゃないや!」

と罵声をあびせられる。傷だらけになって、泣いて帰宅すれば母が悲しむ。ガラリアは母に「またいじめられたのね」

と言われても、

「転んだだけだよ」

と、強がっていた。それでも、石を投げつけられた怪我に、母が薬をすりこんでくれると、その母の悲しい顔を見ることによって、泣きじゃくってしまった。泣き寝入りした娘を抱いて、母はいつも、こうこぼした。

「お前は騎士の家の子だから…だからこんなに辛いめにあうのね」

幼いガラリアには、その言葉が、憐憫ではなく、激励ととることによってしか、自己が存在する理由を見出せなかった。騎士の家の子。だから私は強くならなければならない。私が強くなって、母を守らなければならない。そんな決意だけが、幼いガラリアのアイデンティティーを支えていた。うらはらに、悪童らに立ち向かえない非力な自分を恨んだ。暴力と暴言によって傷つけられる心の痛みにも耐えかねた。怖い。人生って、世の中って、辛い悲しいことしかないのか。ガラリアにとって、いじめられることが日常の大部分であった。

悪童らは、あの手この手で、ガラリアをもてあそんだ。殴られる、蹴られる。石をぶつけられる。橋から突き落とされる。数人で抑え付けられ、虫や動物の糞を、食わせられる。幼いガラリアが、母以外の人間に「触れられる」としたら、こうした暴力しかなかった。他者と、特に、男の子と、体を接触することは痛みであり侮辱であると、そう思っていた。

 また、こうした境遇にあるガラリアと親しくする女の子も、皆無であった。彼女は、友情というものの、存在すら知らなかった。

 


アメリア・ニャムヒーは、青く長い髪に薄緑色の瞳をたたえた、若く美しい未亡人であったが、亡夫が罪人であるため、救いの手を差し伸べる者はほとんどいなかった。

城下の娼館からは、幾度となく、身売りしろと脅迫を受けた。娘ガラリアも、10歳にもなれば、高く買ってやるという人買い屋も来た。大柄で汚らしい男たちに、好奇の目で見られ、意味はよくわからないが、怖い言葉をかけられ、母の裾で震えるガラリア。彼女は、自分の周囲の、大人も子供も、皆、敵であると思っていた。

しかし、それらの狼藉者を、度々、追い払ってくれる、大人の男性が、1人だけいた。

10歳になった頃のガラリアには、時々家に訪ねてくる「おじさん」…ミズル・ズロムが、母アメリアの独身時代の求婚者であったことなど、知るよしもない。ただ、いつも夜に、1人でやってくる馬上のミズルは、お土産と、母の安堵の顔をもたらす存在であること、即ちガラリアの生活にとって大きな安心感をもたらすものであった。おじさんと母の会話は難しくて全部は理解できなかったが、おじさんには奥さんと、自分よりは年下の息子さんがいること、おじさんは領主ドレイク様に仕える偉い人なのだ、ということはわかった。

アメリアは、決してミズルと褥(しとね)を供にする事はなかった。ミズルは幾度となく、節目がちにお礼を言うアメリア…長い睫毛が影を落とす白い顔に、しなやかな腕に、情感をゆさぶられていたが、妻子ある身、しかもかつて愛した人の窮乏につけ込んで褥を迫るような、騎士道に反することはしない男であった。ただ、貧しい実家の援助しか収入のない、この愛しい女性と、彼女の愛娘に、できることはなんとかしてあげたいと、心を痛めていた。アメリアの元に通っていることは、妻子と、ドレイクにも内密であったから、できることは、狼藉者を寄せ付けないように気を配ることと、ガラリアに、服やお菓子を買ってあげることぐらいであった。

アメリアは、金品や家などは、ミズルが申し出ても、頑なに受け取らなかったのである。

 


やがて、長年の貧困と心労によって、アメリアの身体は蝕まれ、母は病に臥せるようになった。12歳になっていたガラリアは、看病にあけくれ、ただただ、母の名を呼び続けた。世の中で、たった1人の母。美しい母。この悲しいだけの人生で、ただ1人、私を愛してくれる母。

相次いでアメリアの実家の身内が亡くなり、援助も途絶えていた。ある寒い朝、馬で駆け付けたミズルは、危篤のアメリアと、母のベッドにすがって

「お母様!お母様ぁ!ガラリアはここだよ!ここにいるよ!」

と泣きじゃくるガラリアを見た。息絶え絶えに、アメリアはミズルの差し出す手を握った。ミズルがアメリアに触れた、最初で最後の瞬間であった。

「ミズル様…」

アメリア殿!死んでは、死んではいけません!」

ミズルの口から、「死」と聞いた。ガラリアは、「死」という言葉の意味を、本当の意味を、12歳までの人生で、知らされてきていた。<死んだ者は、二度とかえってはこない。ただ死者の存在は決定的に、残された者に影響を与える。その者が愛しければ愛しいほど。>母が死ぬ。それは自分の人生の絶望を意味するものだ。母の白い肌は、もはや青白くなり、紅色の唇は薄くひからびてきた。

「ガラリア…」

「お母様!死なないで!死んじゃいやぁぁ!!」

「ガラリア…幸せに」

幸せ?幸せってなに?絶望の淵に立つガラリアには、なにもわからない。

「幸せに、なりなさい」

「お母様!いかないで!!」

アメリアは涙を流すミズルを見て…後悔していただろうか?ガラリアの実父ではなく、この人と結婚すればよかった、と思っていたのだろうか?

「ミズル様…どうか、ガラリアを」

息の絶える時が来た。

「ガラリアを、頼みます」

言うやいなや、アメリアは娘の姿を、自分の人生唯一の宝を、瞳に焼き付けて…

「幸せになって…」

そして、薄緑色の瞳は二度と開かれることはなかった。ミズルの、

「ガラリアはわたしにお任せ下さい!」

という言葉は聞こえたのだろうか… 駸々と寒さが大地にしみいる朝、ガラリアは、1人、泣いて泣いて、母の名を呼び続けた。

 


 アメリアの葬儀は、ガラリアとミズルと、アメリアの実家に仕えていた老婆の3人だけで、実家の裏山の小さなお墓でとり行われた。墓石に黄色い花を置いて、老婆はすすり泣いていたが、ガラリアはもう泣いてはいなかった。静かに目を閉じていたミズルは、ガラリアに尋ねた。

「ガラリア、君は、これからどうしたいかね?」

「私は、」

ガラリアは、母が病に臥せる以前から、決意していたことをきっぱり言った。

「私は、騎兵になりたいんです。ニャムヒーの名を名乗って。」

「そうか…君がそのつもりならば、仕官なさい。まず、士官学校に入って、勉学に励むんだよ。」

「私、学校に入れるの?」

士官学校に入るためには、学費が必要なことくらいは、もうガラリアにはわかる。そんなお金は、どこにもないはず。

「満13歳から、寄宿生になれる。奨学金が出るから、君は入れるよ。」

「本当ですか?私、私が、士官学校に?!」

奨学金制度など、実はルフト領にはなかった。賢王として名高い、ラパーナ家統治下のナの国(当時はシーラの父君)など、遠い他国にはあったのだが、ミズルは、自分が出資するのだと言えば、12歳にして、もう立派な決意を持ったガラリアが拒否すると考えた。母アメリアがそうであったように。

「では、来月の新規入学生になるように、手配しておこう。わたしはそこの、兵法学の講師だからね。入学式まで、お母さんのご実家で、こちらのおばあさんと暮らしていなさい。」

 馬上のミズルを見送って、ガラリアは、新しい生活への期待と不安に心をゆらした。墓石の母に、誓った。お母様、私は騎士ニャムヒー家の名を上げて、必ずやお母様の無念をはらします、と。

母が「幸せになりなさい」と言った意味は、これしかないと考えていたから。

顔みしりのばあやと、二週間ほど暮らすその間に、ガラリアは運命的な出会いをするのである。

 


母の実家も、貧しいあばら家であった。小さな畑で、今日の食料にするためのわずかな野菜を育てるばあやも、先が長くないことは、ガラリアには感じられた。狭い領内であるから、敵前逃亡兵の娘がいることは、すぐに近所の知るところになっていた。

入学式の日が、丁度ガラリアの誕生日で、もうすぐ13歳になろうとしていた彼女は、母親と同じ青色の髪をショートカットにし、瞳は薄緑色(モス・グリーン)で、勝気そうな眉とは対照的な、垂れ気味の伏目がちな目の形が、彼女の神経の細やかさを現していた。唇は鮮やかな桃色で、口角は小さく、あたかも薔薇のつぼみのようであった。肌は白く透き通り、激情した際にその肌は朱鷺色に変わるのだった。背はまだ伸びる以前であったが、古着の黒いスカートから伸びる脚はしなやかで、母が着ていた白いブラウスは今の彼女には大きめだったが、少しだけふくらんだ乳房の曲線が繭のような…貧しい身なりではあっても、その美しさは、ミズルをして、アメリアの若い頃を想起させる少女に成長していた。

ある晴れた日、ガラリアは1人で森を散歩していた。きれいな花々が咲き乱れる丘を見つけて、随分遠くまで来たな、と思っていた時。

樹木の陰から、3人の年嵩の少年が現れた。14、5歳くらいの、汚い平民の服装である。いずれも、悪質な顔つきでガラリアをじろじろ見ている。

いじめられる!すぐにわかったガラリアの手から、持っていた花束が落ちた。リーダー格らしい少年が上擦った声で罵った。

「おい!お前、親父が敵前逃亡したんだってなぁ」

他の少年たちも、口々に嘲る。

「こんなところで、花なんか摘みやがって。生意気な女だぜ」

「お袋も死んだんだって?そりゃー、お気の毒ぅ。へっへっへ」

逃げようとしたガラリアを、3人が取り囲む。また殴られたり、蹴られたりするんだ。ガラリアは、母の死を馬鹿にされた心痛と供に、<暴力>の恐怖に怯えた。

じりじりとガラリアを追い詰めながら、リーダー格の少年が、ひそひそと他の2人に言った。

「おい…もうふくらんでるな…」

「けっこう可愛い顔してるじゃねぇか」

「今なら誰も見てないし…」

「やっちまうか…」

「でもよぅ、一応騎士の家の娘だろ?」

「お袋も死んじまったんだぜ。構うこたぁねぇよ」

ガラリアには、少年たちが言っている意味が、わからなかった。でもなにか、今までのいじめと、雰囲気が違う。少年が、ガラリアの腕を乱暴に掴んだ。殴られる!と思い、振り払おうとしたが、後ろから他の少年が、お腹に両手をまわして転ばせた。すかさず、リーダー格の少年がガラリアに馬乗りになった。必死でもがくガラリアは叫んだ。

「はなせ!やめろぉっ!」

少年はニヤニヤしながら、ガラリアのブラウスの上から、胸をまさぐった。

「なにをする?!」

この<いじめ>はなんだ?ふくらみはじめたばかりの、敏感な乳房を鷲掴みにされて、ガラリアは、生まれて初めて、性的な暴力に気が付いた。以前、街の、着飾った女が大勢いる店(娼館)から来た男たちが、自分を見下ろして

「この子なら、喜ぶ男がいっぱいいるぜ」

と、いやらしい目つきで見ていた時を思い出した。そいつらは、ミズルおじさんが追い払ってくれた。今、年長の少年に体を触られて、

(こういうことだったのか!男たちは、こんなことを私にするのだ!)

とてつもない恐怖が、ガラリアを襲った。強い腕力で押さえつけられ、ブラウスの前を破られた。裸にされる!恐ろしさのあまり、泣き出して悲鳴をあげた。

「いや!いやだ!いやぁっ!やめて!」

頭の中で、ここ数年間に、自分の体に起こった変化がぐるぐるまわった。胸がチクチクすると思ったら、ふくらんできた。ある日、パンティーに血がついていたので、母に見つからないように川で洗った。病気になったと思っていたら、見抜いた母から、それは、大人の女性になった証拠なのだと教えられた。おしっこの出る所より下に、もうひとつ穴があることがわかった。そこは、月経の血が出るだけの穴だと、今まで思っていたのだが…。

 その、一番恥ずかしい股を、少年は触ってきた。

「いやぁあーっ!!いやっ!」

ガラリアからは、「助けて」とか、「誰か来て」とかいう悲鳴は、出ない。今まで、母とミズル以外に、誰かが自分を助けてくれたことなど、ただの一度もなかったからだ。非常時の悲鳴にすら、他人を頼るという発想が出ないのである。ところが、この時…

泣き叫ぶガラリアをなぶることに夢中になり、興奮した少年たちは、闊歩する馬の足音に気がつくのが遅れた。若駒で遠乗りをしていた者が、女の子の悲鳴を聞きつけて近づいてきていたのだ。

凛とした、済んだ少年の声が響いた。

「お前たち!なにをしているか!」

ガラリアを含めて全員がハッとして振り返ると、そこには高価な鞍を付けた馬にまたがり、騎士の服装をした14歳くらいの美しい少年がいた。青い髪を肩までのばして、赤茶色の瞳が、紅顔に映える、ひとめで高貴な育ちとわかる、凛々しい出で立ちである。その少年は声高に言った。

「下郎めらが!ここをバニングス家の所領と心得てのことか!」

聞くやいなや、ガラリアを押さえつけていた悪童らは、

「やべえ!バニングスんちの息子だ!」

と、あわてふためき、クモの子を散らすように逃げ去っていった。ガラリアは乱暴から解放されたが、破かれたブラウスの前をおさえ、うずくまって、声をたてて泣きじゃくっていた。

「…う、うわぁーん」

ふいに現れた少年に助けられたのはわかっていたが、初めて犯されかけた恐怖と、その美しい少年に、惨めな自分を見られた恥ずかしさで、顔をあげることができなかった。しゃくりあげて泣き、震える少女。バニングス家の嫡男は馬からパッと下りて、ゆっくりと近づき、ガラリアのそばでしゃがみ、優しい声で言った。

「泣くな。わたしがいる。もう大丈夫だ。」

 こんなにも、凛々しくも優しい言葉を、年齢の近い異性にかけてもらったことがなかったガラリアは、驚きつつ、おずおずと顔をあげた。

「安心したまえ。わたしは、バーン・バニングス。ドレイク様にお仕えする騎士だ。」

「バーン・バニングス…?」

バニングス家の名前は聞いたことがあった。ルフト領内では、ズロム家と並ぶ名家である。この少年は、そこの嫡男バーンなのか。

バーンはしゃがんだまま、ガラリアに右手を差し伸べた。震えている少女の、潤んだ瞳の輝きに、ふと目を奪われながら。

「君は、どこの子か?名前はなんという?」

ガラリアはその問いに答えられない自分を、この時ほど呪ったことはなかった。父が、何の咎もない人物であったなら、バーン・バニングスに素直にお礼が言えただろうに!自分の名前を告げれただろうに!なにも言えない!ガラリアはバッと立ち上がってバーンのそばから走り去るしかなかった。恥ずかしい!男たちに乱暴されて、抵抗できなかった自分を、助けてくれた人に名乗れない自分を、呪って呪って、後方から

「あっ、君!」

と呼ぶバーンを振り返ることもできずに、走って走って、涙が空を舞った。

 


その日から、ガラリアは家に閉じこもって、ばあやを心配させたが、士官学校の入学式の日までには、考えをまとめていた。学校に入って、勉強して、強くなろう。大きくなったら、必ず出世しよう。誰にも馬鹿にさせはしない。男に乱暴されるような女にはならない。

バイストン・ウェルでは、女性の騎兵は多くはなかったが、珍しい存在ではなかった。家督を継ぐ男子がいない場合や、自ら戦士を目指す女性には、どこの国でも広く門戸が開いていた。それは、下克上の乱世にあっては、身分より実力本位である風潮から、男女も平等である慣習ともなったからである。アの国で、バニングス家やズロム家が名家と呼ばれるのも、先代や先々代から、実力が認められてきているからであり、反面、実力がなければ、ニャムヒー家のように容赦なく断罪されることをも、意味している。

ラース・ワウ城から馬で30分ほどの場所に、ルフト家が営む士官学校はあった。入学式には、13歳から15歳の10人の男子と、女子は13歳になったガラリア1人が、士官学校生用の薄茶色の軍服に身を包んで、整列した。もう既に、ガラリアを見る好奇の視線が彼女を苦しめていた。ほら、あいつだよ。敵前逃亡の裏切り者の娘って。などと、周りの男子生徒たちがささやき合っている。ただ1人、講師として横に立っている、ミズルの姿だけが、ガラリアの心の支えであった。壇上にドレイク・ルフトが上がった。あれが、ドレイク様か。間近で見るのは初めてだ。

ドレイクは、通り一遍の激励を新入生にしながら、ガラリア・ニャムヒーを初めて見た。あぁ、そういえば?昔、敵前逃亡して処刑した騎兵がおったような?あの、ニャムヒーの娘が仕官するのか。使えるようになれば誰でもよい。と、しか思わなかった。学費はどうしたのか、など、眼中になかった。ガラリアは、ドレイクの話の中で、

「我が娘、リムルは当年8歳になる。そなたたちは、将来、リムルを守るために存分に働いてもらわねばならぬ」

という部分に、少々反応した。姫様ご生誕の祝賀の際、賑やかなお祭りにも、いじめが怖くて行けず、屋台のお菓子も買ってもらえなかった当時5歳の自分と、領主の娘として、誰からも愛され、何ひとつ不自由ない暮らしをしている姫様とを比べると、同じ少女でもこうも違うものか…と、羨ましく思う自分を否定できなかった。

そんな煩悶でうつむいていたガラリアを、驚かせる者が、壇上に、颯爽と現れた。

「新入生諸君、わたしは、生徒総監のバーン・バニングスである」

あの時の人!あの人が学校で先輩になるなんて!考えれば当然のことである。士官候補生として入学する者で、家が遠方か、実家のない者は寄宿生になるが、近隣ならば通学するのだから。名家の嫡男ならば、士官学校に入るものである。

壇上のバーンも、ガラリアを見つけて、驚いた。てっきり、平民の娘だと思っていたあの子が、新入生だとは。バーンが生徒総監としての挨拶を終えて、ドレイクが新入生に1人1人壇上で入学証書を渡す式次第が全て終了すると、バーンはガラリアに駆け寄った。ガラリアは、恥ずかしさで目線を合わせられなかったが、バーンはお構いなく話し掛けた。

「ここで会うなんて、驚いたよ、君。さっきドレイク様に名前が呼ばれてて初めて知って…」

と言いかけて、鈍感なバーンも、ガラリアがうつむいている理由がわかった。そうか、この子が敵前逃亡したニャムヒーの娘だったのか。だから、あの時のことも、ただでさえ恥ずかしいのに、余計に自分に対してはあんなそぶりになったのか。バーンは、ここは、騎士道の見せ所だと思い、ことさら優しく言った。

「ガラリア。」

これが、バーンが初めて彼女の名前を呼んだ瞬間であった。

「これから、騎兵を目指すのだから、わたしとガラリアは同じ学生だ。お互い切磋琢磨していこうじゃないか。」

またも、ガラリアは、年齢の近い異性に優しくされて…同じ身分なのだと言われて…嬉しくて…顔をあげて視線をバーンに向けた。バーンは、その薄緑色の瞳に、伏目がちな表情に、

(この少女は、わたしが守ってやらなければ。)

という自尊心をくすぐられた。バーン自身は、優しさのつもりであった。だが、バーンの心に、この時芽生えた気持ちは、ガラリアは、自分より下位の者であるという、他者を見下した憐憫であった。それは、少年らしい、子供の全能感であり、もしも彼が、この気持ちから逃れられたとしたなら、その時に彼は、大人になれるのだろう。

 


女子の寄宿生はガラリア1人であったので、個室が与えられた。狭い部屋に小さなベッドと勉強机だけの部屋。廊下をはさんで女子用のトイレ、浴室、洗面台がある。食堂で出される給食は、栄養管理されており、育ち盛りの少年少女の発育に充分なものであった。制服などの衣料や、こまごました備品も支給された。12歳まで、母と2人きりで貧しい生活をしてきたガラリアにとっては、ここの生活環境はびっくりするほど贅沢に感じられた。

勿論、それらの資金は、ミズルが密かに会計操作し、自分が出資しているとは発覚しないように、ガラリアへ贈られたものであった。

しかし、ガラリアへのいじめは、狭い学内で閉鎖されているほど、陰湿なものになった。特に寄宿生の男子にとって、1人だけいる女子への好奇心も相まって、退屈しのぎには格好の餌食となるのであった。ガラリアが自分で洗って干した洗濯物に、泥を塗られたり、下着が盗まれたりした。食堂で、デザートとして取っていく果物入れには、いつもガラリアの分がなかったり、あっても毛虫が入れられていたりした。まかないの女召使や、舎監の先生の見ていない所では、物を投げつけられ、常に暴言の嵐だった。食堂で寄宿生全員が集まる際には、ガラリアだけ隅の席に追いやられ、男子たちは口々に悪口を飛ばした。

「女の騎兵は珍しくないが、志が悪いのさぁ!」

「親父の名をあげようって魂胆だぜ。おとなしく身売りでもすればいいのによ。そんなら俺が買ってやってもいいさ」

「お前、あんなのが好みかよ」

「裏切り者の娘なんか、好き放題なぶってやるのが妥当ってもんだよ」

ガラリアは、平民の少年3人に犯されかけたことを思い出し、背筋が寒くなった。おびえた表情になったガラリアを見て、男子たちは一層喜んで罵った。

「お前、部屋の鍵はちゃんと閉めておけよー」

「鍵を落とさないようにな!でないと毎晩俺たちが遊びに行ってやるからよ!」

たまらなくなって、夕食を食べ残したままガラリアは自分の部屋へ駈け戻った。後ろからは男子たちの嘲笑が響いた。まだ、わずか13歳の少女なのである。男子たちにこんな言われ方をして、怖くないはずがない。ガラリアは、部屋とバスルームの鍵を自分で持ち歩き、管理した。この頃身についた、鍵を持ち歩く習慣は、彼女が大人になり身分が高くなってからも、ずっと続くのだった。

寄宿舎の生活は辛いものだったが、日中の学業時間は、ガラリアには水を得た魚のように晴れがましいものであった。読み書きは、母から習っていたが、本を買うお金はなかったので、休み時間は図書室でむさぼるように読書に没頭した。国語、数学、理科、修身及び哲学、社会学、歴史、地理学、といった基本教科は勿論のこと、兵法学他軍事学馬術、剣術、白兵戦術などの実戦教科においても、ガラリアは他の生徒の追随を寄せ付けない勢いで、めきめきと上達していった。

授業のいくつかは、全学年一緒に行ったので、バーンと同じ教室になることが多かった。入学から1年が過ぎる頃には、ガラリアは、生徒総監バーンに次ぐ、成績優秀生徒となっていた。講師たちは口々にガラリアを誉め、彼女の熱心さを見習いなさい、と他の生徒たちに言った。ガラリアは、ミズルの兵法学の講義も好きだったが、馬術などの、屋外を飛びまわれる時間が一番好きだった。学校でなければ、今まで、外に出れば石を投げられるだけの生活をしてきたから、のびのびと走りまわれることに、至上の喜びを感じた。

馬術の時間、遠乗り試験があり、他の生徒たちが荒馬を乗りこなせず四苦八苦している内に、逸早く駆け出したバーンの馬を追って、ガラリアは颯爽とギャロップさせた。赤毛の馬にまたがったバーンの青い後ろ髪がたなびくのを目で追い、

「バーン!追いつくぞ!」

と笑顔で叫んだ。バーンはチラと振り向きながら

「できるかな?ハッハッハ」

と高く笑って、なお早く走った。バーンが走り、ガラリアが追う。この2人の姿が、これから7年ほどの間、ドレイク軍の中で当然の光景となっていくのだった。

もちろん、そんなガラリアを良く思う生徒は少なかった。ねたみから、いじめはなお一層激しくなったのだが、教科の時間中ならば、陰口を叩く者へ、バーンが叱責を飛ばす。

「お前達!ドレイク様は実力のある者しかお認めにならぬのだぞ。ガラリアをねたむのならば、実力で負かしてみせい!」

そう言いながら、バーンは自己満足に浸っていた。優秀といっても、ガラリアは自分を追い抜くまでにはなっていない。なるはずがない。この少女は常にわたしの後を追うのだ。確かに、バーンの力は、どの教科でも常にガラリアの上を行っていた。ただ、バーンにもひとつだけ、どうも苦手な科目があった。哲学である。理性的判断がどうとか、客観的真理と主観的観念の違いとか、そんなことを、ああでもないこうでもないと思考することが、騎士に必要とは思えない。騎士には、父から習った騎士道だけ、あればよい。バーンは先生の説明する哲学講義のノートだけしっかりとって、そのまま試験用紙に書くだけだった。この、バーンの哲学不足な体質は、大人になってからの彼の思考・行動に顕著に現れる。

ガラリアは、理性と感性、真・善・美の三大要素などの思想に興味を惹かれた。人生とはなにか。そうだ、母が言った「幸せ」ってなんなのか…。考えはするのだが、ガラリアは、それを表現することが、苦手だった。長年、周りの人間は敵だらけだった生活を送ってきた彼女にとり、感情や思想を、喋ったり書いたりすることに、抵抗があった。自分に対して発せられる罵倒に、「やめろ!」と突発的な言葉を発するしかできず、沈思黙考した上で考えを述べることには慣れなかった。

そんなガラリアであったから、彼女の唯一の苦手科目は、綴り方(作文)だった。綴り方の女教師は、どこか母に面差しが似ていて、ガラリアはなついていたが、その先生が出すテーマにはいつも悩んでいた。「将来への展望」とか「自然について思うこと」など、ガラリアなりに考えぬいて書くのだが、先生は、そこに書かれたガラリアの言葉の羅列が、彼女が本心をのびのびと綴ったものではないことが、よくわかっていた。

先生は、自ら思うことを、率直に見つめ、それを文章に書き表すことによって、自分自身の心が洗われ、人格を磨く道になることを、この不幸な生い立ちの少女に教えたいと願っていた。

 

 

ある日、綴り方の新しいテーマが出された。「わたしの尊敬する人」を書けと言われたガラリアは頭を抱えた。

尊敬?誰だろう?まず一番に亡き母が浮んだ。汚名を着せられた家と自分を死ぬまで守り、貧窮に耐えながら自分を愛してくれた母。しかし、母について語れば、どうしても皆が馬鹿にする父の罪について言及せねばならない。それは避けたい。では、ミズル・ズロム先生か。いや、ミズル先生は、今は自分の兵法学の受け持ちというだけで、幼い頃から母と自分を助けてくれたことにこそ、感謝しているのであって、それが内密であることは、14歳になっていたガラリアにはわかっていた。じゃあ誰を尊敬していると書くべきか。ドレイク様をたたえて書こうか?領主様だというだけで、ドレイク様の軍功とか人柄については特に知らない。では誰を?

バーンの顔が浮んだ。浮んで消した。生徒総監のバーン・バニングスを「尊敬」しています、と書くのか?「尊敬」じゃないじゃないか…おや?尊敬でなければなんだ?

赤くなったり青くなったりしているガラリアを見て、教壇の先生は全員に向かって語った。

「いいですか?綴り方は、なんのための教科か、よくお考えなさい。あなたたちは、今青春の只中にいます。毎日の暮らしの中で出会う一つ一つの出来事に、一喜一憂し、日々新たな発見をする。その驚きや、戸惑いこそ、青春の宝なのです。自分の心に芽生える思いを、率直に見つめ、それを認めなさい。戸惑うことを恐れない人間になるために、書くのです。」

戸惑うことを恐れないだって?!ガラリアは衝撃を受けた。物心ついた時から、私の人生は、いじめられることを恐れ、母の死に絶望し、性的な暴力さえ受け…心が乱れて苦しんでばかりだった。学校に入れたのは嬉しいが、たった今も、バーンのことを考えただけで、心臓がドキドキする自分をどうしたらいいかわからないでいる。そんな、戸惑いを、どうやって「恐れるな」というのか?戸惑いイコール恐れじゃないか?先生は何をおっしゃっているのだろう…

 


寄宿舎の個室で、原稿用紙を前にし、ガラリアは先生の言葉を反芻していた。ここは士官学校である。戦闘時に際し、思い迷ってしまったら、父のように逃亡してしまうかもしれない。否!私はそんなふうにはならないぞ。戸惑いを恐れない、とは、自己の精神の弱さに打ち勝つことであろう、と、そんなふうにガラリアは結論づけた。

それは、先生が伝えたかったこととは、違っているのだが…ガラリアはわかっていなかった。「わたしの尊敬する人」に、ガラリアはその綴り方の先生を選んだ。そして、戦時において迷わず敵に向かう力を教えて下さった先生を尊敬いたします、といった主旨の作文を完成させた。

小さなベッドに入り、眠ろうとして、バーンの顔が浮んだ。そして先生の言葉も浮んだ…自分の思いを見つめ、認めなさい…その部分が、今浮んだ。どうして、彼のことを考えるとドキドキするのだろう?初めて出会った時、恥ずかしいところを助けられて…今は、生徒の中でただ1人、私をかばってくれる、2つ年上の少年。ううん、少年と呼ぶより、背が高くなって、声も太くなって、髪も長くなって、ますます凛々しくなった彼は、もう青年と言ってもいいだろう。彼の後を追い、彼の長い髪がたなびいて、青い髪の毛が私の頬にふと触れると…

「あっ」

声に出してしまうほど、驚愕した。パンティーが…一番恥ずかしい部分が…あの小さな穴から…ほんの少しだが、ヌルヌルした液体がじんわりとしみ出たのを、はっきり自覚したのだ。そしてその部分全体が熱くて、むずむずして、手で触りたくなってしまう。

「なんだ?この感じ?!」

私はどうしたのだ?バーンのことを深く考えたら、こ、こ、こんな、自分の手で自分のあそこを触りたくなるなんて!そんなこと、女の子がするなんていけないことではないか。

そんなことはしてはいけません、と誰に言われたわけでもなかったが、ガラリアは、これはいけないことだ、と直感的に思い込んだのだった。

ああ!だめだめ!今日の私はおかしいんだ。と、ガラリアは自分に言い聞かせて、何も考えないようにして、眠りについた。

恋という言葉を、絵空事の知識としては知っていても、自分の中に目覚めたことを「認める」ことは、まだできない14歳のガラリアであった。

 

2003年7月19日