ガラリアさん好き好き病ブログ版

ここは、聖戦士ダンバインのガラリア・ニャムヒーさんを 好きで好きでたまらない、不治の病にかかった管理人、 日本一のガラリア・マニア、略してガラマニのサイトです。2019年7月、元サイトから厳選した記事を当ブログに移転しました。聖戦士ダンバイン以外の記事は、リンク「新ガラマニ日誌」にあります。

「リーンの翼」 第4話「王の奸計」感想文

毎月の「リーンの翼」配信日が、待ち遠しくなった生活。月一の放送ペースで、丁度いい感じです。なにせ、この番組は、一回の内容が、濃い。今回は、そんな濃すぎる内容が、文字通り、濃すぎたきらいがありました。

ネット配信、のちDVD化という販売戦略をとる、「リーンの翼」を、熱心に視聴している者どもは、俺のような、「聖戦士ダンバイン」からの、コアなバイストン・ウェルファンや、富野由悠季監督の固定ファンであろうと推測します。配信とDVDが、テレビ放送と異なる点は、視聴者が、自ら選んで「リーンの翼」を見ていることです。

そうでなければ、受け入れ難い内容だと、第4話を見て、改めて感じました。ストーリーが、分かりにくいんです。1秒に含まれる情報量が、多すぎます。

脚本は、橋田壽賀子作品ですか?つーぐらい、セリフが多い。富野節に慣れているはずの、俺ですら、うっかり聞き逃すと、もう意味が分かんない。また、セリフなしで、絵だけで感情表現する演出を、俺は好きですが、それも、やりすぎては、いただけません。

サコミズ王に連れられ出撃するエイサップが、ホウジョウ軍の正規の軍装を着込み、自分の着こなしを気にして、モゾモゾしている。自衛隊の男が、その奇抜なかっこうを指して、「よく、あんなの着るよなあ。」「仕方ないんじゃない?」とささやき合う場面など、初見の一回では、演出家が意図したであろうすべては、見極められませんでした。

戦闘シーンもそう。「あのマシンは、ホウジョウ軍?反乱軍?」オーラバトラーの敵味方の見分けも、つきにくいです。分からなくなったら、公式サイトの設定資料を見に行って、それからまた、バンダイチャンネルを開いて。ネット配信なんだから、そういう、調べながら視聴が出来るから、それでいいじゃんとは、思いません。全6話完結ゆえに、展開を急ぐということも、影響しているのでしょうが、第4話は、全体に詰め込みすぎという印象を、強く受けました。

もしもこの番組が、地上波全国テレビ放送だったとして、富野由悠季の名を知らない10代の少年少女と、そのご両親が、ふとつけたテレビで、これを見たら、どう思われるか。俺は、そうした場合にも耐えうる作品でなければ、名作とは呼べないと思っております。ヲタクだけが、歓声をあげれば、良い作品なのですか?違います。

参考:「聖戦士ダンバイン」第1話「聖戦士たち」について 前編

リーンの翼」は、確かに意欲作だし、代理店やキー局の注文に左右されすぎない媒体ゆえに出来る、実験作であっていい。作品世界の描き込みは深く、演出は緻密で、クオリティは、非常に高い。しかし、それだけではいけない。もう少し、誰が見ても分かりやすいようにしてほしいなあ。敷居が高いんですよ。

かくいう俺は、アニメを初見で感じたい派で、公式サイトの「次回のあらすじ」も読まず、雑誌『ガンダムエース』での漫画連載も読まずに、毎回の配信を待っています。だから、新設定の名称なども、配信日に、初めて耳にすることが多いんですよ。そういう状態で見ていると、「リーンの翼」は、理解しやすいお話しではありません。バイストン・ウェル世界の設定を知っている俺が、こうですから、ましてや、初見の人は。

富野作品は、「機動戦士Ζガンダム」(1985年・キー局は名古屋テレビ)のときも、「アニメ雑誌の解説を、先に読んでおかないと、ストーリーが分かりにくい番組って、どうなんだよ。」と、アニメ雑誌で評されておりましたが、それが富野節なんだと、言ってしまえばそうなんですが、過ぎたるは及ばざるが如し、なのであります。んん、まあ、一話あたりが、こうも濃密になるのは、尺の問題なのでしょうけどもねえ。

第4話では、サコミズさんとコドールさんご夫妻の存在感が、ぐっと出てきたのが、いい感じでした。サコミズさんは、設定年齢何歳なのか知りませんが、えらいかっこいいですな。コドールさんのドレスは、襟がへそ下までパックリ空いており、チチがはみ出ないやろか、お腹が冷えないやろかぁと心配になります。そしてコドールさんは、髪型の構造が、かなり謎です。

髪型といえば、戦闘服の金本が、すてきな白いおリボンで、後ろ髪を束ねていたのも、印象的でした。サコミズさんから、作戦参謀に任じられて浮かれる朗利よりも、金本の視点は、より学問的で冷静で、両者の対比が色濃くなってきました。朗利は政治活動家であっても、武闘派であり、金本は頭脳派なわけだね。

主人公エイサップは、リュクス恋しさに揺れ動きながら、自分の行く道を試行錯誤しています。気になったのは、前回まで、彼を、「すずきくん。」って呼んでたサコミズさんが、「エイサップくん。」に変わっていたこと。鈴木くん呼ばわりの方が、好きだったんだがなあ。ナナジンに乗ったエイサップが、オーラバトルシップ、フガクに捕らわれたリュクスを、助け出そうとするのはエエですけど、彼女がいそうな部分の外壁を、ソードでガシガシぶっ壊すのは、どうかと思います。そんなでっかい剣であんた。彼女にあたったら、ふつう死ぬに。

今作中で、俺がいちばん好きなキャラ、リュクス・サコミズ王女の魅力は、いや増すばかりです。4話で特に良かったのは、顔。リュクスのおもざしは、元禄期の美人画がごとき端整さをたたえ、彼女の血が、日本人のものであることを、俺に強く訴えかけました。父王に捕らえられた獄舎で、壁ごしにアマルガンの様子を心配していたカットの顔が、まっこと秀逸でありました。床に両手をついて嘆くとき、彼女はお尻を突き出し、白いふとももが、スカートとハイソックスとに垣間見え、少女のひんやりした肌が、そこにあるものとして強調されておりました。作画班の、こういう細かいところにぬかりないセンスが、「リーンの翼」の、際立った優秀さでありましょう。

エレボスたちフェラリオが、緊縛され連行される描写は、凄惨でしたな。彼女らが、コモン人(こもんびと)の男らと、まぐわっていることが説明され、そこに、この作品の、大きな大きなテーマが表現されました。自衛隊の男2人が、セックスは、「仲良しするもの」なのか、「戦争」なのかを口にしました。若い方の男は、まぐわいとは、仲良しすることだと思う。年嵩の男は、それは戦争なのだという。どちらなのか?と、俺は考えて、両方であるわけだ、と分かりました。あれが、仲良しなのは表層で、内面は戦争なのだけど、うわべも中身もひっくるめて、「実体」だからね。

つまり、愛と憎しみは、同義であるのです。サコミズ夫妻は、戦乱を起こし、「勝者のおごりと、敗者の恨み」のちからを増幅させることで、オーラロードを開こうとした。それを、ジャコバがいさめた。父王と刺し違えようとしたリュクスを、ジャコバは助成したが、エイサップが、親殺しはいけないと言ってとめた。なるほど、バイストン・ウェル物語のテーマは、これなんだな、と、俺は嘆息しました。戦争で、勝っても負けても、オーラのちからは発生する。生体エレルギーと称されるオーラは、生くるものの苦も、死にゆくものの苦も、総称するのか。つまり生死は、魂を引き離すものなのではなく、「生と死と」こそが、「魂」なのか?

生と死。なぜ生き物は輪廻転生するのか。戦争と平和。なぜそれを人は繰り返すのか。愛と憎しみ。求めながら相克する男女が、なぜ、なぜ、まぐわいをせずには子孫を残せないのか。

答えは、魂とは、絶望せずには生きられないということです。なぜ絶望するのか。愛するからです。俺は、「リーンの翼」が、地上波一般ピープル向けに作られていないのならば、愛憎ひしめく人間模様を、もっと残酷に描き出した方が、このテーマが分かりやすくなるのではないかと思いました。具体的に言うと、性描写、暴力描写を、もっと具体的に、ということです。エレボスが言った、

エ「今は、いじめられてるんだから、痛いのいやだようーって、祈るんだよ!」

この言葉の、重いことといったら、どうだ!!そうだね、エレボス。強姦されるのは嫌だから、これは和姦だと、自分を騙さずには、生きていかれないよね。性愛は、心底痛いものだよね。なんたって、戦争だからね。

天然自然が、原罪(キリスト教用語)として、業(仏教用語)として、ア・プリオリに持つ属性、「生と死」「愛と憎悪」「美と醜」これらみんな、表裏一体なのであり、生命とは、これら二律背反する属性なくしては、存在しえない。これこそが、生命の原理。

リーンの翼」は、リアルな人間群像と、象徴化された生き物たちを通して、生命の原理を、描き出そうとしている作品なのだと思って、俺は見ております。

に、してもだ。ムラッサさんが乗ったオーラ・バトラーが、ナナジンにぶった斬られたとき、意志持って、痛がってギャーギャーゆってましたけど、オーラ・バトラー生き物設定は、やっぱり無い方がいい!余分ですよぅ。オーラマシンは、人の手になる工業製品であるという、ダンバインからの初期設定のままの方が、技術革命と戦争との発展史観に沿うと思うんだけどなあ。それと、伝統の富野節「おーらちから」じゃなくって、皆さん「おーらえなじー」ってゆってましたけど、古参ファンの俺には、そっちの方が違和感!

あとねー、キャラのネーミングの、狂ってるかげんは、今に始まったことじゃないけど、反乱軍のカマ・ホッテルさん(涙)。かわいい女性なのに、名前がこれじゃあ、かわいそうでヤンスよ。作中では彼女の名前、出ないけど、公式サイトの「なぜなにバイストン・ウェル」のコォナァに、この名前で出てて…か、カマ掘ってるって、きみぃ。彼女が同僚に呼ばれるときは、「おーい、カマ!」なのかしら。

次回のタイトルは「東京湾」か。伝説の伝統の、「東京上空」の感動再び、か?犬死にするなよな、朗利!

2006年6月20日(火)